「説明よりも、感情が先にある。」
内なる地図の始まり
ブルーノ・マルティネ(Bruno Martinet)は、目に映る世界を忠実に描くことよりも、人の内側に生まれる感覚をどう画面に表すかを長年追い続けてきました。建築を学び、製図家として高度な技術と正確さを身につけながらも、作品ではあえて具象から離れ、直感を頼りにした表現へと向かっています。1988年から続く大規模な作品群《De l’Informe naît la Forme(無定形から形が生まれる)》では、何も定まっていないところから形が現れる過程や、記憶、感情によって変わるものの見え方を探ってきました。画面には、すぐに意味を読み取れる具体的なイメージや物語はありません。線やにじみ、色彩、リズムが複雑に絡み合い、互いに影響しながら一つの画面をつくり上げていきます。そこでは、緻密に組み立てようとする意識と、偶然に任せる自由な動きが常に共存しています。どこか遠い時代を思わせる感覚がありながら、同時にきわめて現代的でもある。マルティネの作品では、普段は目に見えない感情が一時的に輪郭を持ち、それが再び曖昧なものへと戻っていくような感覚が生まれています。
現在、この作品群は300点を超え、9つのシリーズに広がっています。《Volutes de guipure(レースの渦)》《Stimulations enlacées(絡み合う刺激)》《Sarabandes d’entrelacs(絡み合いのサラバンド)》《Éclats de luminance(光のきらめき)》など、その名からも、動きや振動、形が移り変わっていく感覚が伝わってきます。マルティネにとって制作とは、一枚の作品を完成させることだけではなく、描いている時間の中で形がどのように変わっていくかを見届けることでもあります。2022年には、30日間にわたり毎日1点ずつ、しかも同じ長さの時間と一定のリズムで制作し、30点の作品を完成させました。同じ条件を繰り返すことで、形は身振りや直感に導かれながら、少しずつ自然な変化を見せていきます。あらかじめ完成した姿を思い描いて、それを画面に写すわけではありません。まず線を重ね、その絡み合いの中から現れてくる形を受け止めながら、作品をつくっていきます。直感に任せる部分と、建築を学んだ者ならではの秩序感覚。その二つが交わることで、一見ばらばらに見える線にも、次第にまとまりが生まれていくのです。
作品を眺めていると、複雑に絡み合った神経網や鉱物の結晶、上空から見下ろした風景、光を受けるステンドグラスなどを連想することがあります。しかし、どれか一つの具体的な対象として見ることはできません。その曖昧さは、マルティネが意図して残しているものです。作品を頭で理解するよりも先に、まず何かを感じてほしいと考えているからです。本人は自らを「イメージ、幻想、夢、光を運ぶ者(passeur d’images, d’illusions, de rêves, de lumière)」と表現しています。作品に隠された意味を読み解かせるのではなく、見る人自身の想像力を目覚めさせることを大切にしているのです。太い黒の輪郭に囲まれた赤、黄、緑、青の鮮やかな色面は、まるで内側から光を放っているように見えます。強い色彩がぶつかり合いながらも、画面全体には不思議な安定感があります。その背景にあるのが、リズムや比率、空間の組み立てを熟知した建築家としての感覚です。直感に任せた自由な動きと、画面を支える確かな構成。その両方が重なることで、マルティネの作品には繊細さと力強さが同時に生まれています。
ブルーノ・マルティネ:建築を超えて広がる表現
国際的な展覧会で注目を集める以前から、ブルーノ・マルティネは建築の世界で確かなキャリアを築いていました。1984年から2025年まで建築家として独立し、設計から完成まで一貫して責任を担うことを大切にしてきました。明確な計画や構造上の整合性が求められる建築とは対照的に、作品制作では直感や偶発性を重視しています。また、1994年からはシャンベリ控訴院の司法鑑定人を務め、これまでに800件を超える鑑定報告書を作成してきました。そこでは、厳密な分析力や正確さ、技術的な判断が欠かせません。そうした仕事を通して身につけた感覚は、芸術表現を制約するものではなく、むしろ構造や均衡、空間の関係を捉える目を磨くことにつながりました。一見すると自由に広がる抽象画にも、画面全体を支える確かな骨格があります。線や色が激しく交錯しても無秩序に崩れないのは、建築家として培った構成感覚が作品の奥に息づいているからです。
マルティネの優れた描写力は、早くから発揮されていました。1985年から1987年にかけて、パリの出版社から依頼を受け、《Maisons et Paysages du Loiret(ロワレ地方の家々と風景)》の文章と挿絵を手がけ、1988年に刊行されています。この仕事からも、具象表現における確かな技術がうかがえます。それでも彼が抽象へと向かったのは、目に見えるものを忠実に描くことより、自分の内側にある感覚や感情を表すことに強く惹かれていたからです。本人も、現実をそのまま描くことは、自分が芸術を通して伝えたいこととは異なると語っています。求めているのは、目にしたものの再現ではなく、そこから生まれる感情や内面の動きを画面に表すことでした。写実から離れたことで、建築に求められる厳密さにも、その時々の美術の流行にも縛られず、より自由に直感を働かせることができるようになります。その自由がマルティネの表現を形づくる大きな要素となり、目に映るものよりも、そこから呼び起こされる感覚を重視する作品へとつながっていきました。
こうした独自性は、初期の展覧会から批評家にも注目されていました。1990年に行われた最初の大規模な発表では、あるジャーナリストが、精緻なペン画について、細く張り詰めた線がありきたりな表現を退け、見る人の想像力を作品の中へ引き込むと評しています。その記事では著名なイラストレーターとの共通点にも触れながら、画面の密度や心理的な雰囲気には、マルティネならではの個性があると指摘されました。その評価は、数十年を経た現在の作品にも通じています。作品はマルティネ自身の内面から生まれていますが、そこに一つの意味を押しつけることはありません。見る人の想像力や感情に働きかけ、それぞれが自分なりのイメージを見つけられる余地が残されています。形も最初からはっきり示されるのではなく、見つめているうちに少しずつ姿を現します。複雑に絡み合う線は、崩れかけながらも新たな形をつくり続ける生き物のようにも見え、一つひとつが見えない鼓動でつながっているかのようです。不安定さを感じさせながら、画面全体には確かなまとまりがある。その緊張感が、マルティネの作品を特徴づける重要な要素になっています。
黒い線と鮮やかな色彩のあいだで
マルティネの制作をたどると、初期のモノクロームの線描から、次第に光を帯びた色彩表現へと移っていく大きな変化が見えてきます。初期の黒インクによる作品では、一本の線が途切れることなく紙面をさまよい続けているかのように、細かな線が執拗なまでに連なっています。幾重にも重なる曲線は細胞のような構造をつくり、生命組織や迷路、あるいは遥か上空から眺めた地形を思わせます。シュルレアリスムのオートマティスムを連想させる自由さを持ちながらも、画面の構成が崩れることはありません。一つひとつの線が全体の骨格を支え、強い感情のうねりを静かに受け止めています。黒い線は、作品の骨組みであると同時に、全体を走る神経のような役割も果たしています。そこから生まれる形はどこか生き物のようでありながら、何を表しているのかを一つに決めることはできません。だからこそ、見る人の気分や想像によって画面の印象は変わり、何度見ても新しい形が浮かび上がってきます。
その後、マルティネはペン、木炭、絵画へと表現の幅を広げ、それぞれの時期に異なる可能性を探っていきました。なかでも色彩が大きな役割を持つようになると、それまでの複雑な線の構造は、現代のステンドグラスを思わせる鮮やかな画面へと変化していきます。太い黒の輪郭線が、鮮烈な青、火山を思わせる赤、まばゆい黄、刺激的な緑を囲み、色そのものが強い存在感を放ちます。それらは単なる装飾ではありません。画面の内側から光がにじみ出るように、心理的、そして精神的なエネルギーを感じさせます。黒と色彩の関係は、やがてマルティネの表現を支える重要な要素となりました。黒い線が色の広がりを抑え、方向を与える一方で、鮮やかな色面はそこから外へ広がろうとする力を持っています。そのせめぎ合いによって、静けさと強い生命感が同時に感じられる画面が生まれます。作品によっては、光の断片で組み上げられた大聖堂のようにも見え、また別の作品では、架空の都市や地層、現実の時間や場所から切り離された夢の風景を思わせます。
こうした変化の中でも、一貫しているのが、空間をはっきりと定めないことです。マルティネは伝統的な遠近法を用いず、室内や地平線、川、崖、建築物の断片を一瞬だけ思わせながら、それらを再び抽象の中へ溶かしていきます。どこか見覚えのある場所のようでいて、最後までそれが何なのかはわからない。その不確かさが、作品に独特の深みを与えています。彼が描いているのは現実の風景そのものではなく、ものを見たときに心の中で起こる感覚に近いものです。混沌の中から少しずつ秩序が現れてくる流れは、《De l’Informe naît la Forme(無定形から形が生まれる)》という作品群の考え方とも重なります。最初から形を決めて整えるのではなく、線を重ね、直感に従い、時間をかけて向き合ううちに、自然とまとまりが生まれていく。そこには、作品が生まれる過程だけでなく、人が自分自身や物事の意味を形づくっていく過程も重ねられています。私たちのあり方や意味も、最初から固定されているのではなく、常に変化しながら形づくられていくのだと、マルティネの作品は静かに示しているのです。
ブルーノ・マルティネ:驚きを持ち続けること
マルティネが長い制作活動を通して追い求めてきたものは、きわめてシンプルです。それは、人の感情を動かすこと。一見するとささやかな目標のようですが、それを作品だけで実現することがどれほど難しく、奥深いものであるかは、彼の歩みそのものが物語っています。人を惹きつけるために、派手な演出や明快な物語、複雑な理論に頼ることはありません。作品の前で立ち止まり、自由に想像を巡らせる時間そのものを大切にしています。マルティネがよく語るのが、子どもの頃のように驚く心を持ち続けることです。草の上に寝転び、形を変え続ける雲の中に不思議な生き物を見つけていた、そんな感覚を今も大切にしています。その記憶は、彼の作品にも深く息づいています。空に浮かぶ雲を見るときと同じように、画面の中に何を見つけるかは人それぞれです。見慣れた形を思い浮かべることもあれば、自分自身の記憶や感情を重ねることもあります。速さやわかりやすい説明が求められがちな今の時代にあって、マルティネの作品は、急いで答えを出さず、曖昧なものをそのまま受け止め、感じる時間を取り戻すよう促しています。
こうした考えは、近年さらに広がりを見せる活動にもつながっています。2024年と2025年にはリヨンやマルセイユで開催された主要な国際アートフェアに参加し、2026年にはパリ、ニューヨーク、ボーヌ、リヨンなど、フランス国内外で複数の展覧会が予定されています。国際現代芸術協会(AIAC)への参加も、他のアーティストとの交流や協働をより大切にするようになった彼の姿勢を表しています。なかでも注目されるのが、AIACと共同で進めている、2026年秋のリヨン・コンフリュアンスでの展示スペース開設です。誰もが気軽に訪れられる場を目指しており、そこには、芸術は一部の人だけのものではなく、人と人との出会いや対話、感情の共有を通して開かれていくものだというマルティネの考えが込められています。活動はスタジオの中だけにとどまらず、より広い文化的な交流へと広がり続けています。
活動の場が広がっても、作品の根底にあるのは、あくまで自身の内面と直感に向き合う姿勢です。それぞれのシリーズは、形が生まれ、変化し、見ることの意味を問い続ける長い思索の一章のように連なっています。建築と夢、緻密な構成と無意識の動き。その境界を行き来するマルティネの作品を特徴づけているのは、技術の高さや表現の独創性だけではありません。完成した作品を見ているはずなのに、目の前でなお形が生まれ続けているように感じられるところにあります。輪郭は揺らぎながらも生命を宿し、次の瞬間にはまた別の姿へ変わりそうに見える。その生き生きとした感覚が、彼の抽象表現に直接心へと響く力を与えています。マルティネが示すのは、完成された答えではありません。見る人の想像力が働き続け、目に映るものが変化し、まだ形のないものが絶えず新たな姿を求める空間なのです。




