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「海は、陸から始まる。」

素材から生まれる言葉

現在の作品を特徴づけるブロンズにたどり着く前、ステファン・ピエトルモン(Stéphane Pietrement)の創作の原点には粘土がありました。1990年、陶芸との出会いは、言葉ではなく、手触りや重み、かたちによって思いを伝える道を彼に開きます。白い土、鉱物を多く含む黒い土、粗い粒を含んだ表面は、自然に触れたときの本能的な反応を受け止めるものとなりました。若き日の彼は鉱物顔料を用い、緑青から深い灰黒、金属を思わせる黒へと変化する色合いを幾層にも重ねていきます。そこから生まれた彫刻は、人の手で作られたというより、長い時を経て地中から現れたもののようでした。忘れられた生態系のかけら、あるいは植物、鉱物、動物のあいだを漂う生命のようでもあります。見る者は、その形が何に近いのか、すぐには言葉にできませんでした。珊瑚の塊や隕石を思い浮かべる人もいれば、樹皮や海の群生、暗い水底に潜む造形を感じ取る人もいました。その名づけがたさこそが、ピエトルモンの表現の核となり、現在の作品にも深く息づいています。

初期の作品には、科学への好奇心、未知の世界への憧れ、幼い頃の記憶が混ざり合っています。フランス王家ゆかりの地、トゥーレーヌで育ったピエトルモンは、自然の移ろいを細やかに感じ取る感性を育みました。ジャック=イヴ・クストーのテレビドキュメンタリーや、ルイス・マーデンの水中写真は、目に見えない生態系への想像を広げ、海の世界への関心を生涯のものにします。ただし、その影響は、何かをそのまま再現するかたちでは表れませんでした。むしろ、動きや侵食、内側から張りつめる有機的な力として、彼の造形に入り込んでいきます。初期の陶芸作品にも、水底に沈んだ文明や、環境に寄り添って変化する生命の気配が漂っていました。その表面には、地中で長い時間を過ごしてきたかのような気配や、水に磨かれてきたような動きが宿っています。こうしてピエトルモンは、抽象でありながら自然の営みに触れる、独自の彫刻のあり方を少しずつ形にしていきました。そこでは作品が、感情を映すものであると同時に、環境へ向けられたまなざしにもなっているのです。

1996年、ひとつの転機が訪れます。当時ピエトルモンは、著名なファッションデザイナー、ケンゾーの専属シェフとして働いていました。彼の作品を目にしたケンゾーは、公の場で作品を発表するよう背中を押します。その後、作家としての歩みは大きく広がっていきました。フランス、スイス、日本、ベルギー、アメリカで展覧会を重ね、陶芸による彫刻だけでなく、貴金属を用いたジュエリーも評価を得るようになります。それでも彼は、ひとつの技法や分野に留まろうとはしませんでした。素材とかたちが出会う新しい場所を探し続け、長い試行錯誤の先に、自由なブロンズ鋳造による彫刻へと向かいます。そこに、土地に根ざし、長い時を重ねた銘木が組み合わされました。陶芸からブロンズへと表現の場を移しても、彼の関心が途切れることはありませんでした。生命が形を変えていく瞬間へのまなざしはそのままに、より身体性が強く、技術的にも深い集中を求める表現へと進んでいったのです。

ステファン・ピエトルモン:自由なブロンズが生む錬金術

現在、ステファン・ピエトルモンは「WOOD METAL SPIRIT」の名のもと、磨き上げた黄金色のブロンズと、何世紀もの時を経た古材を組み合わせた彫刻を制作しています。鋳造、彫り込み、組み立て、最後の研磨まで、すべての工程を自らの手で行います。だからこそ作品には、作家の身体感覚が濃く刻まれています。下絵や細かな設計図に従うのではなく、素材に触れ、その反応を確かめながら、直感でかたちを探っていくのです。木は単なる土台ではありません。木目や傷、ゆがみまでが作品の表情を決めていきます。一方のブロンズは、火の力を受けて姿を変えていきます。1100度まで熱せられた金属は、冷えて固まっていくわずかな時間のなかで形を与えられていきます。ピエトルモンは伝統的なロストワックス技法ではなく、制作の過程で起こる予測不能な変化を生かしながら形を探ります。そのため作品には、高度な技術に支えられながらも、その場で生まれたような勢いと生々しさがあります。古代の遺物にも未来の生命体にも見える造形は、海の生物、化石、変化し続ける生態系の記憶をまとっています。

古材を取り入れることで、作品にはさらに深い時間が重なります。ピエトルモンはヌーヴェル=アキテーヌ各地の古い家屋や城、農家から木材を集め、ときには何世紀も前のオークやウォールナットを用います。そこには、風雨にさらされてきた跡や、人が暮らしてきた痕跡が残されています。彼はそれらを消すのではなく、そのまま作品の一部として生かします。表面には、日本の焼杉の技法を取り入れることもあります。火で丁寧に焼き上げることで、荒々しい質感と深い黒が浮かび上がります。あるいは、日本や中国の墨で染め、闇と光、反射と陰影が静かに響き合う表情を生み出します。古い木と磨き上げられたブロンズの組み合わせは、強いコントラストを生みながら、彼の作品に流れる環境への意識をより鮮明にしています。ピエトルモンにとって自然は、作品を飾るための要素ではありません。古材の傷や焼け跡、木目に刻まれた時間そのものが、作品の意味を支えています。作品のなかでは、残り続けるものと朽ちていくもの、成長と侵食、陸の記憶と海への想像が静かに向き合っています。

その思想を象徴する作品のひとつが、《SEABED SPIRIT – ref. 110》です。一点もののこの作品では、自然の美しさと環境破壊がテーマとなっています。ピエトルモンはこれを「息を奪われていく海への、声なき叫び」と語っています。火によって表情を変えた17世紀のオーク材の上から、珊瑚を思わせるブロンズの造形が立ち上がり、その下には半透明の黄色いプレキシガラスの台座が置かれています。それは、海の生態系に入り込むプラスチック汚染を象徴しています。作品は、生命の力強さと汚染を真正面からぶつけながらも、説明的な表現には向かいません。見る者の感情を動かすのは、素材同士の対比と、そのあいだに生まれる緊張感です。磨き上げられたブロンズは光と生命力を感じさせ、その下の人工的な透明感は、不安や脆さを感じさせます。作品に添えられた「海は、陸から始まる。」という言葉は、海の傷みが遠い海上ではなく、私たちの暮らす場所から始まっていることを示しています。《SEABED SPIRIT – ref. 110》を通して、ピエトルモンは生命の豊かさとその危うさを同時に浮かび上がらせています。

生物的なヴィジョンと環境へのまなざし

ピエトルモンの制作を貫いているのは、生きものを思わせる有機的なかたちです。彼の彫刻は、ひとつの意味に収まりません。珊瑚の骨格や骨の断片、地層、植物が伸びていく姿など、さまざまなイメージを呼び起こします。その曖昧さがあるからこそ、見る人は自分の記憶や感覚を重ねながら、作品の強い気配に引き込まれていきます。彼が見つめているのは、自然の姿そのものではなく、変異し、適応し、互いにつながりながら生きる仕組みです。作品は、見えない環境の力や長い時間の巡りのなかで、いまも変化し続ける生命のように立ち現れます。磨き上げられた表面は光を受けて表情を変え、置かれた場所や見る角度によって、彫刻そのものが動いているかのような印象を生み出します。こうした視覚のゆらぎが、展示空間に深い没入感をもたらします。そこでは彫刻は、動かない物体ではなく、変化し続ける存在として感じられるのです。高度な技術と深いテーマ性をあわせ持つその作品は、コレクター、インテリアデザイナー、ギャラリー、現代アートフェアからも注目を集めています。

この造形は、環境への意識とも深く結びついています。海の生物多様性への関心は、旅や観察、そして環境が少しずつ損なわれていく現実に向き合うなかで、少しずつ深まっていきました。ピエトルモンの彫刻は、多くの人が日常では触れることのない生態系へ、もう一度まなざしを向けさせます。直接的なメッセージや記録写真のような表現ではなく、美しさと手触りの複雑さを通して、見る人に考える余白を差し出すのです。珊瑚の群生を思わせるブロンズの枝は、傷つきやすい海中環境を静かに思い起こさせます。焼かれた木の肌は、自然が受けた傷と、そこから再び生まれようとする力を同時に感じさせます。美しさに惹かれながら、どこか胸がざわつく。その均衡が、彼の作品に強い余韻を与えています。見る人はまず、光を帯びた質感や優雅なかたちに近づき、やがてその奥に潜む環境への問いに気づいていきます。ピエトルモンにとって彫刻とは、見る速度をゆるめ、ひとつのものに長く向き合うための手段です。環境というテーマは、言葉で説明されるのではなく、作品を見つめる時間のなかで自然と伝わってきます。

近年、こうした作品への注目は国際的にも高まっています。2020年にバスク地方で「WOOD METAL SPIRIT」のスタジオを構えて以降、ピエトルモンは個展、国際的な現代アートフェア、デジタル展示、ギャラリーとの継続的な協働を通して、活動の場を大きく広げてきました。作品はモナコ、マイアミ、バーゼル、ドバイ、ベルリン、ヴェネツィア、チューリッヒ、ニューヨークなど、数多くの都市で紹介されています。Artcertificateのコンペティションやサロン・ドートンヌでの受賞も、国際的な評価をさらに後押ししました。批評家やキュレーターは、彼の作品に、確かな技術と抽象的な美しさ、そして環境への意識が自然に溶け合っている点を見ています。磨き上げられたブロンズのなめらかな輝きや、古材と金属の組み合わせが生む深みも、評価されてきました。ギャラリーやデザイン空間、上質なインテリアに置かれても、彼の彫刻は装飾にとどまらず、人間と自然の関係を静かに問いかけます。

ステファン・ピエトルモン:大きな対話へ向かって

ピエトルモンの彫刻は、すでに強い存在感を放っています。その一方で、彼の関心はさらに大きなスケールへ、そしてより多くの人々が出会う場へと広がっています。彼が思い描くのは、建築や風景と響き合う大型の有機的なインスタレーションです。美術館、公共空間、文化施設のなかに、生命を思わせるかたちが入り込み、空間そのものと関係を結んでいく。そうした試みは、これまでの作品にも見られた没入感をさらに広げ、彫刻を単独のオブジェではなく、環境として体験する場へと変えていきます。ピエトルモンにとって、それは作家としての到達点というだけではありません。視覚的な力を通して、環境への意識をより広く届ける機会でもあります。有機的なブロンズの造形を都市や建築のなかに置くことで、海と陸の生態系、そして人間とのつながりを、日常のなかで考えるきっかけにしたいと考えています。そこには、アトリエでの内省的な制作から、社会へ開かれた対話へと向かう彼の歩みが表れています。

今後の活動において、協働もいっそう重要な意味を持っています。ピエトルモンは、現代彫刻を空間のなかで生かすため、インテリアデザイナーやギャラリー、財団との協働にも目を向けています。彼の作品は、洗練された佇まいと、有機的で予測できないかたちをあわせ持つため、建築空間とよく響き合います。磨き上げられたブロンズは自然光を受けて表情を変え、古材は現代的な空間に温かみと時間の記憶をもたらします。そうした特徴によって、作品はメッセージを宿しながら、その場の空気を大きく変えていきます。サザビーズ・インターナショナル・リアルティやロッシュ・ボボアとの協働でも、その相性はすでに示されています。上質なインテリアのなかに置かれても、彼の彫刻は単なる装飾にはならず、自然との関係を考えさせる作品であり続けます。環境への意識と洗練されたデザインが、同じ空間のなかで自然に響き合うのです。

アジアもまた、ピエトルモンにとって大切な視野のひとつです。かつて日本で行った展覧会は、彼に深い印象を残しました。自然、清らかさ、素材の調和をめぐる文化的な感性に、強く惹かれたのです。彼が再びアジアの観客と向き合いたいと考えるのは、活動の場を広げるためだけではありません。抽象のなかに自然の気配を感じ取る感性が、この地域には深く根づいているからです。そうした場所で作品を届けることは、彼にとって大きな意味を持ちます。彼が目指しているのは、作品を通して驚きや美しさを届けるだけでなく、その先にある気づきへと見る人を導くことです。ブロンズ、古材、火、そして直感的な制作を通して、ステファン・ピエトルモンは、生命の多様さを讃え、その脆さにも目を向ける彫刻表現を築き続けています。彼の作品には、優雅さの奥に、自然の未来を見つめる真剣なまなざしがあります。その美しさは、自然の未来について考える時間へと、見る者を静かに導いていきます。