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「彼女は各地で出会った風景や人々を独自の感性で見つめ、その眼差しを作品へと映し出してきました。作品に触れることは、彼女の見つめた世界を追体験することでもあります。」

アートを通して、つながりを探し続ける人生

ウルスラ・アルテンバッハ(Ursula Altenbach)は、好奇心に導かれながら、文化と文化が出会う場所に表現を見いだしてきました。国境を越えて存在する美しさに心を寄せ、人と場所、伝統を結びつける作品を数十年にわたって制作しています。日本でのアーティスト名「ビコ」としても知られる彼女の絵画、彫刻、インスタレーションには、異なる文化のあいだに対話を生み出そうとする姿勢が貫かれています。なかでもヨーロッパと日本は、彼女の創作を語るうえで欠かせない存在です。日本文化との関わりは表面的な引用にとどまらず、作品の成り立ちや、世界との向き合い方そのものに深く根を下ろしています。デンマーク、スイス、ブラジル、インド、スペイン、イタリアで展覧会を重ねるなかで、彼女は表現の幅を広げ、鑑賞者を未知の体験へと誘ってきました。

ウルスラと日本との出会いは、幼い頃の小さな憧れに始まります。ルツェルン近郊で育った彼女にとって、日本は遠く離れた国でありながら、なぜか強く心を惹かれる存在でした。地元の祭りで芸者を思わせる衣装を着たこと、祖母の家にあった地球儀で日本の場所を探したこと。その記憶は、大人になってからも鮮やかに残り続けました。さらに1972年の札幌冬季オリンピックをきっかけに、日本への関心はいっそう深まります。幼い頃に芽生えた憧れは、やがて日本文化への深い関心へと育ち、彼女のアーティストとしてのあり方を形づくる大きな力となっていきました。

旅をし、海外で暮らす経験は、文化が交わることへの理解をさらに豊かにしました。異なる国での生活を通して、ウルスラは新しい芸術の伝統や、世界を見つめるさまざまな感覚に出会います。ひとつの様式にとどまるのではなく、変化しながら発見を重ねていくこと。その開かれた姿勢は、いまも彼女の制作を支えています。キャンバスや紙に向かうときも、立体作品をつくるときも、空間全体を使ったインスタレーションに取り組むときも、彼女が探しているのは、場所と人とのあいだに生まれる確かなつながりです。彼女のアートは、地理的な距離を越え、大陸をまたいで人々が同じ体験を分かち合うための、ひとつの橋となっています。

ウルスラ・アルテンバッハ:日本が育んだかたちと精神

ウルスラ・アルテンバッハの表現を語るうえで、日本文化の存在は欠かせません。彼女にとって日本は、作品の表面を彩るモチーフではなく、ものを見つめ、空間を捉え、かたちを生み出すための大切な軸となってきました。その感覚を育てたもののひとつが、草月流いけばなです。デンマークで暮らしていた頃に出会った草月流は、その後数十年にわたり、彼女の創作と深く結びついていきました。学び、教える時間を重ねるなかで、ウルスラは均衡やリズム、空間の扱いを自らの感覚として身につけていきます。ブラジル滞在中には、日系ブラジル人コミュニティの人々を含む生徒たちに草月流いけばなを教え、日本の美意識や考え方への理解をさらに深めました。2027年に創流100周年を迎える草月流は、彼女の芸術人生において、いまも特別な意味を持つ存在です。

彼女の作品には、禅の思想や水墨画に通じる静けさも流れています。画面を埋め尽くすのではなく、あえて描かない部分を残すこと。余白に気配を宿し、そこに描かれたかたちと同じだけの重みを与えること。そうした姿勢は、多くの絵画に見て取れます。筆跡は迷いなく置かれているようでありながら、そこには繊細な呼吸もあります。少ない要素で画面を成り立たせる感覚は水墨画を思わせますが、彼女の作品は伝統の再現ではありません。受け継がれてきた考え方を自分の表現の中で咀嚼し、いまの時代の作品として立ち上げているのです。そのため作品には、静かに心を向けさせる深さと、現代の表現としての強さが同時に備わっています。

イケバナ・インターナショナル・チューリッヒでの活動も、ウルスラと日本文化との結びつきを支えてきました。現代草月流いけばなの指導者として、彼女は調和と均衡を大切にしながら、一人ひとりの自由な発想を引き出しています。新型コロナウイルスの影響で日常が制限された時期にも、花をいけ、絵を描き、音楽に触れ、日本料理を味わう時間は、彼女の暮らしの中で大切に守られていました。その時期、草月流本部のフェイスブック展「Everyone’s Ikebana Exhibition」を通じて、ゴールデンムーン賞も受賞しています。ウルスラにとって創作は、アトリエの中だけにあるものではありません。日々の暮らしに息づき、心を満たし、困難な時間を支える力でもあるのです。

構造と身振りのあいだで

ウルスラ・アルテンバッハの作品を見ていると、きっちりと組み立てられたものと、手の動きにまかせて生まれたものが、同じ画面の中で自然に呼吸していることに気づきます。鋭い角度を持つかたち、重なり合う面、緻密に整えられた構成。その一方で、流れるような線や、大きく走る筆跡、身体の動きがそのまま残ったような痕跡も現れます。けれども、それらは互いを打ち消しません。むしろ、張りつめた静けさと伸びやかな動きが支え合い、画面に独特の緊張感を生んでいます。秩序を保ちながら、自由へと向かう。その揺らぎが、彼女の表現を強く印象づけています。

《7th Sense》(第七感)は、そうした特徴が端的に表れた作品です。黒と白、淡いグレーで構成された画面には、三角形や線、点が配置され、幾何学的な抽象の世界が広がっています。アクリルの質感は画面に奥行きと動きを与え、断片のようなかたちは、静止していながらもどこか外へ広がっていく気配をまとっています。ただし、この作品の魅力は、形の組み合わせだけにあるわけではありません。タイトルに添えられた「第七感」という言葉が示すように、そこには理屈を超えて何かを感じ取る力が漂っています。整えられた構造と、心の奥でふと反応する感覚。そのあわいに、見る人それぞれの解釈が静かに立ち上がります。

《Steckenpferd》では、黒と黄土色の面が力強く響き合い、その上を表情豊かな筆跡と細い線が走ります。大きな筆の動きは画面に勢いを与え、ゆるやかに曲がる線はそこに軽さとリズムを添えています。具体的な形を描かなくても、作品の中には確かな動きが感じられます。白い線は、厚みのあるアクリルのかたちに対して、澄んだ光のような気配をもたらします。強さと軽やかさ、重さと透明感。そうした要素が重なり合うことで、単純な線や面の関係が、豊かな感情を含んだ画面へと変わっていきます。じっくり向き合うほど、作品は少しずつ奥行きを見せてくれます。

大陸を越えて、旅をつくる

ウルスラ・アルテンバッハの表現は、さまざまな国での展覧会を通して育まれてきました。ヨーロッパ、南米、アジアへと作品を届けるなかで、彼女は文化と文化が出会う場を大切にしてきました。なかでもムンバイのアート・アンド・ソウル・ギャラリーで開かれた展覧会は、彼女にとって特別な経験となりました。スイス外務省とハイアットホテルズの支援を受けたこの企画で、ウルスラは都市の空気を肌で感じ、その土地の文化と深く向き合う時間を過ごします。遠くから眺めるのではなく、その場所の中へ入り込み、自らの感覚で受け止めること。展覧会には、そうした彼女の姿勢が色濃く反映されていました。

ムンバイでの日々は、尽きることのない刺激に満ちていました。数えきれないほどの神々、鮮やかな衣服、優美なサリー、香り立つ花々、活気あふれるスパイス市場。そして、豊かさと貧しさが隣り合わせに存在する街の風景。雨季特有の濃密な空気や、通りを歩く牛たち、人々が祝祭に熱狂する光景もまた、彼女の心に強く刻まれました。展覧会に並んだ作品は、そうした体験から生まれています。ただ街の様子を描き写すのではなく、そこで感じた驚きや高揚、戸惑いまでもひとつの表現へと昇華していく。作品には異文化との出会いに対する新鮮な感動と、その奥にある静かな思索が息づいています。この展覧会の成功は、文化との出会いが新たな創造を生み出すという彼女の確信を、さらに強いものにしました。

その歩みは、国際的な評価にもつながっています。2024年にはフィレンツェでピットゥリアーモ国際ヨーロッパ芸術賞を受賞し、長年にわたる活動に新たな節目を刻みました。しかし、受賞歴は彼女の歩みの一部分にすぎません。ウルスラは毎年新しい作品に取り組みながら、自らの表現を磨き続けています。その根底にあるのは、好奇心を失わないこと、異なる文化に対して心を開くこと、そして人や場所とのつながりを大切にすることです。絵画、彫刻、インスタレーション、そして草月流いけばなを通して、彼女は自身が見つめてきた世界を私たちに差し出します。その作品は国境を越え、直感や記憶、土地の気配や人々の営みを結びつけながら、新たな出会いを生み出しているのです。