「芸術に救われました。」

見つめることで見えてくるもの

ドナ・フェスタ(Donna Festa)の絵は、思わず近くで見たくなる作品です。それは控えめだからではなく、小さな画面の中に強い感情が凝縮されているからです。アメリカ・メイン州バンゴーを拠点とするフェスタは、主に小さな油彩作品を制作し、その限られた空間に人の心の揺れや緊張感を描き出してきました。作品の多くは一辺約6インチ(約15センチ)ほど。大きさで人目を引くのではなく、見る人を自然と作品の近くへと引き寄せるサイズです。次々と強いイメージが目に飛び込んでくる現代にあって、フェスタの作品は、一つの顔をじっくり見る時間を取り戻してくれます。そこに描かれる顔には、記憶や緊張、耐える強さ、そして偽りのない感情が刻まれています。大げさな演出に頼ることなく、それでも強く迫ってくる。その切実さが、彼女の肖像画の大きな特徴です。

小さな作品を描くことには、フェスタ自身の経験が深く関わっています。困難な環境で育った彼女にとって、芸術は自分を守り、自分の声を持つことのできる場所だったといいます。目立たず、自分を小さくしていることが身を守ることにつながっていた。その感覚は、やがて彼女が選ぶ作品の大きさにも表れるようになりました。もっと大きな作品を描いてはどうかと勧められたこともありますが、彼女は「大きくしたら、もう自分の絵ではなくなる」と答えています。小ささは制約ではなく、フェスタにとって自分らしさそのものです。かつて身を守るために必要だった感覚を、今では自ら選んだ表現へと変え、小さな画面の中に確かな存在感を生み出しています。

フェスタが幼い頃から強く関心を寄せてきたのが、人の顔でした。当時の彼女にとって、相手の表情を読み取ることは、自分の身を守ることにもつながっていたといいます。そうして培われた敏感さは、やがて絵を描くうえでの大切な感覚となり、わずかな表情の変化から、距離感や恐れ、疲れ、優しさまで感じ取る目を育てていきました。彼女の肖像画は、単に顔立ちを描いたものではありません。人の表情を見つめ、言葉になる前の気持ちを読み取ろうとしてきた経験が、その一枚一枚に重なっています。下地を施した木の板に油彩で描きながら、フェスタはわずかな表情の変化まで丁寧に捉え、それぞれの人物を描くと同時に、自分自身の感情や記憶とも向き合っています。

ドナ・フェスタ:小ささが強さに変わるとき

フェスタが画家として歩んできた背景には、厳しい訓練と、重要な師との出会いがあります。10代の頃には、パトリシア・ヴァナマン・ウィットのもとで学び、アトリエの床を掃いたり、必要な手伝いをしたりする代わりに絵を教わっていました。そこで得たものは、技術だけではありません。制作に向き合う姿勢や規律、そして絵を描くことを、生き方そのものとして選べるという感覚も、そこで育まれていきました。ウィットの指導を受けながら、フェスタはペンシルベニア美術アカデミーへの入学に向けて準備を進め、その後、素描や絵画、観察を重んじる厳しい環境の中で学びを深めていきます。

アカデミーでは、シーモア・レメニックに師事しました。フェスタは彼を、優れた画家であると同時に、人間的にも非常に素晴らしい人物だったと振り返っています。さらに、ゴヤ、広重、レンブラント、スーティン、ヴュイヤール、ドイツ表現主義など、さまざまな作品や画家からも影響を受けてきました。そこには、心理的な緊張感、画面の空気、形の歪み、そして人体が持つ存在感への関心がうかがえます。ただ、そうした影響をそのまま作品に持ち込んでいるわけではありません。そこから受け取った表現の強さを、小さな画面と独自の制作のリズムの中で、自分自身のものへと変えています。

その後、フィラデルフィアのUniversity of the Artsで絵画を専攻し、教員資格とともにBFAを取得。さらに、コネチカット州のUniversity of Hartfordで絵画のMFAを修了しました。こうした学びは、確かな技術と、その場で生まれる感覚の両方を大切にする現在の制作へとつながっています。フェスタは木製パネルの表面をガラスのようになめらかになるまで整え、筆を素早く自由に動かせる状態をつくります。一度描き始めると、そのまま一気に仕上げることも少なくありません。そうすることで、対象と向き合った瞬間の生々しさを失わずに残しているのです。彼女の作品には、即興的でありながら確かな土台があり、繊細さと完成度、親密さと力強さが同時に感じられます。

むき出しの感情を宿す顔

フェスタにとって特に思い入れのある作品の一つが、《Yellow Hair》です。わずか4インチ四方(約10センチ)の小さな油彩画で、そこに描かれた女性を、彼女自身は「まるで神経がむき出しになっているよう」と表現しています。この言葉は、フェスタの作品に流れる感情の強さをよく物語っています。彼女が描く人物は、どこか無防備で、自分の内側に意識を向け、個人的な感情の中に佇んでいるように見えることがあります。見る人に何かを演じてみせるのではなく、感情が表面のすぐ下にあるような存在です。色彩や筆の動き、わずかな表情の変化を通して、不安や悲しみ、張りつめた感覚、耐える強さが伝わってきますが、その人物を一つの感情だけで説明しきることはできません。

フェスタは、誰を描いていても、そこには必ず自分自身がいると語っています。もちろん、描かれている人物がそのまま彼女自身という意味ではありません。その日にアトリエへ持ち込んだ自分の感情が、自然と絵の中に入り込んでいくということです。緊張や悲しみ、不安、繊細な感覚が絵具を通して表れ、一つひとつの顔に独特の空気を与えます。モデルは知っている人かもしれませんし、知らない人かもしれません。若い人もいれば年配の人もいて、実際に目にした人物を描くことも、記憶をもとに描くこともあります。それでも絵の中では、描かれる人物とフェスタ自身の感情が重なり合います。彼女にとって肖像画とは、顔を似せて描くことだけではなく、自分の中にある感情をその人物を通して形にすることでもあるのです。

そうした表現を支えているのが、油絵具の性質です。フェスタは、なめらかに動かせること、色に深みを持たせられること、そして光や質感のわずかな変化まで表現できることに魅力を感じています。木製パネルの上では、絵具を滑らせたり、かすれさせたり、ぼかしたり、厚く重ねたりすることができ、顔の印象を素早く捉えながら、その奥にある感情まで描き込んでいくことができます。彼女の作品には、消えてしまう直前の一瞬を捉えたようなところがあります。作品が小さいぶん、見る側は自然と距離を縮めることになります。その近さが、顔に宿る感情をいっそう強く感じさせます。遠目には控えめに見える肖像も、近づくほど率直な強さを帯びてくるのです。

ドナ・フェスタ:アトリエという居場所

フェスタにとって、アトリエは単なる仕事場ではありません。そこは、自分の居場所だと感じられる空間です。時間が許せば、絵具や溶剤の匂いに誘われるようにアトリエへ戻り、音楽を流しながら、そのとき抱えている感情や記憶、心の重さと向き合います。一人で集中できるその空間で、彼女は直感を頼りに、迷いなく手を動かしていきます。そばに犬が一、二匹いることもあり、その存在が、張りつめた制作の時間に日常の温かさを添えています。

フェスタは絵画だけでなく、ドローイングや立体作品にも取り組んできましたが、制作の中心にあるのは今も油彩です。これまで人物や人形、廃車置き場、鳥、ネズミ、黒を基調とした絵画、さらに古代の土製頭像から着想を得た小さな粘土作品など、さまざまな題材や表現を試してきました。テラコッタ作品では、絵筆を動かすような感覚で指を使って形をつくり、焼成した後に油絵具で彩色します。絵画で大切にしてきた触感や表面の変化、表情、人の気配への関心が、そこでは立体へと広がっています。

フェスタはこれまで、ニューヨーク、サンフランシスコ、シカゴ、フィラデルフィア、マイアミ、イギリスなどで作品を発表し、作品は公共・個人のコレクションにも収蔵されています。《Conversation》はペンシルベニア州立博物館の永久コレクションに収蔵され、作品はCleaver Magazine、Fresh Paint Magazine、INPA、New American Paintingsなどでも紹介されてきました。活動の場が広がっても、彼女の作品の核は変わりません。人の顔を見つめ、その奥にある感情を、小さな画面に強く刻み込むこと。そこには、見ることで自分を守ってきたフェスタ自身の経験が重なっています。