「祝うべきことは、いつだってある」

言葉をほどき、思いがけないかたちへ

ヤッセン・グリゴロフ(Yassen Grigorov)は、ひとつの表現方法にとらわれることなく創作を続けてきました。絵画、イラストレーション、映画、そして言葉。その時々の発想に応じてさまざまな手段を使い分けていますが、近年とりわけ関心を寄せているのが「言葉」です。ただし、そこに書かれた内容を伝えるために言葉を使うのではありません。文字や記号、筆跡そのものを形として捉え、画面をつくる材料のひとつとして用いています。あらかじめ描く内容を決めるのではなく、手を動かしながら生まれる形や、その途中で気づいたことを手がかりに作品をつくっていくのです。

制作は、まず言葉を書くことから始まります。そこから文字や単語の形を少しずつ崩し、意味の分かる文章から遠ざけていきます。もとは文章だったものが、やがて線の連なりや形、色の配置へと変わり、画面全体に広がっていきます。文字らしい並び方はどこかに残っていても、そこに書かれていた意味はもう読み取れません。すると、その崩れた文字の中から、思いがけず顔や身体、人の姿、ひとつの場面のようなものが見えてくることがあります。こうしてグリゴロフの作品には、抽象的な形と具体的なイメージが入り混じる、独特の画面が生まれます。

そこには、偶然に生まれるものを大切にするグリゴロフの考え方がよく表れています。目の前の風景や人物をそのまま描くのではなく、制作を進めながら画面を見つめ、そこに何が現れてくるのかを探していきます。偶然できた線や形が次の一手につながり、自分でも予想していなかった展開が作品を形づくっていくのです。詩も、彼にとって大切な着想のひとつです。詩の内容をそのまま絵にするのではなく、言葉を読んだときに生まれる感情や、そこから広がっていく想像に惹かれています。書かれた言葉を出発点にしながら、それをいったん意味から解き放つことで、そこには新しい物語や人物、そのあいだの関係が思いがけないかたちで現れてきます。

ヤッセン・グリゴロフ:国境と分野を越えて歩んだ創作の道

現在の活動に至るまで、グリゴロフの歩みは決して順調なものではありませんでした。子どもの頃の夢は、サッカーのゴールキーパーになることと、芸術家になることでした。やがて絵を描くことへの思いが勝り、芸術の道を選びます。それは将来をはっきりと決めていたからではなく、自分を表現するうえで、絵を描くことが彼にとって欠かせないものだったからです。しかし、ブルガリアでは美術学校への進学がかなわず、早くから壁に直面します。それでも芸術への思いを諦めることなく、国外にも学ぶ機会を求めました。そうしてさまざまな芸術や表現に触れた経験が、のちに幅広い分野で活動する基礎となっていきます。

グリゴロフは、複数の国で異なる分野を学びました。フランスのアングレームでは物語表現とコミックを学び、スイスのジュネーブではビジュアル・コミュニケーションを専攻しました。さらに、ソフィアの国立美術アカデミーでイラストレーションとブックデザインを修め、ブルガリアの国立映画アカデミーでは映画・テレビ演出を学びました。そこで身につけたのは、それぞれ異なる方法で物語やイメージを伝えるための視点です。こうした経験を重ねるなかで、一枚の絵から映像、物語を伴う表現、実験的な作品まで、分野の違いにとらわれず取り組む現在のスタイルが形づくられていきました。

グリゴロフの仕事は、さまざまな分野で評価されてきました。イラストレーションでは、ボローニャ・ラガッツィ賞のメンションや、フランスのPrix Octogonesなどを受賞しています。映画の分野でも、Golden Rose Bulgarian Film Festivalの批評家賞や、San Diego International Children’s Film Festivalの審査員大賞などを受賞しました。また、絵画だけでなく、児童書の作家としても活動し、コマーシャルやアニメーション、長編映画の監督も手がけています。表現方法をひとつに限定することなく、さまざまな形で物語を伝えながら、自分自身の表現を保ち続けていることが、グリゴロフの活動を特徴づけています。

観察と発見から生まれる、自分だけの意味

グリゴロフが制作で何より大切にしているのは、自分にとって本当に必要な表現を選ぶことです。作品を技法だけで説明しようとはせず、まず、何を感じ、何を伝えたいのかを重視しています。表現したい内容によって、ふさわしい方法も変わります。絵画で伝えるものもあれば、児童書のイラストレーションや映画、言葉の方が適していることもあります。ひとつの形式に無理に当てはめるのではなく、そのときの発想に合った方法を選ぶことで、より自然に作品へとつなげているのです。グリゴロフにとって表現の自由は、単なる作風の好みではなく、見る人に自分の考えや感情を伝えるために欠かせないものです。

彼が影響を受けた芸術家を見ると、どのような表現に惹かれてきたのかがよく分かります。サイ・トゥオンブリー、ジャン=ミシェル・バスキア、ピエール・スーラージュなどは、線や筆致、抽象表現そのものに強い力を与えた作家たちです。また、ブルガリアの芸術家であり教師でもあるミハイル・カンベロフからも大きな影響を受けたと語っています。そうした作家たちから学びながらも、グリゴロフは制作の中で偶然や予想外の変化を積極的に受け入れ、自分自身の表現を築いてきました。彼の作品には、直感から生まれるものと、画面をじっくり観察するなかで見いだされるものが自然に重なっています。そのため、自由で即興的に見えながらも、どこか慎重に考え抜かれた印象を残します。

その制作方法がよく表れている作品のひとつが、《There is always something to celebrate(祝うべきことは、いつだってある)》です。ラミネート加工されたキャンバスにアクリル絵具とマーカーを用いたこの作品は、まず意味を持たない文字のような線を何層にも重ねることから始まります。画面がある程度できあがると、グリゴロフはキャンバスの向きを変えながら、さまざまな角度からじっくり眺めます。すると、背景の中から少しずつ人の姿が見え始め、そこに関係や物語が生まれてきます。どれも最初から意図して描いたものではありません。そして最後には、作品の題名までもが自然に浮かび上がってきたといいます。その言葉は単なる題名ではなく、制作を進めるなかで自分自身に届いたひとつのメッセージのようなものになりました。励ましや道しるべにも似たその言葉を通して、絵を描くことは彼にとって、作品を生み出すだけでなく、自分自身を見つめ直す時間にもなっています。

ヤッセン・グリゴロフ:粘り強さと、表現の自由を守ること

グリゴロフの制作は、日々の暮らしの中で感じたことや考えたことから始まります。次々と作品を生み出すことを重視するのではなく、身の回りで起こることをよく見て、そのとき自分が何を感じたのかを大切にしています。日常の出来事や何気ない感覚は、すぐに作品になるわけではありません。さまざまな経験が少しずつ積み重なり、時間をかけて自分の中で形を持ちはじめたとき、それが新たな作品へとつながっていきます。無理にアイデアを生み出そうとせず、表現したいものが自然に生まれてくるまで待つ。そうした時間の積み重ねが、自分自身の経験に根ざした作品へと結びついているのです。

長く活動を続けてきたからこそ、自分らしい表現を守ることの難しさも実感しています。数々の受賞歴や長年の経験があっても、制作をめぐる悩みがなくなるわけではありません。むしろ現在では、出版社やキュレーターなどと仕事をする際、自分の考えを説明したり、相手の要望について話し合ったりする機会が以前より増えたと感じています。作家が目指すものと、周囲から求められるものが常に一致するとは限りません。グリゴロフは、相手の要望に合わせすぎることで、自分らしい表現が損なわれてしまうことを懸念しています。どこまで相手の要望を受け入れ、どこから自分の考えを守るのか。その判断は、経験を重ねた今も、制作を続けるうえで大切な課題であり続けています。

現在取り組んでいる児童書も、長年の経験を積んできた彼にとって、決して簡単な仕事ではないといいます。だからといって、無理に先へ進めることはありません。必要であればいったん距離を置き、自分が納得できる形が見えてくるまで待つこともあります。一方で、一つの作品を必要以上に特別視することもありません。そうした距離感を保ちながらも、自分らしい表現を曲げることなく、創作を続けています。絵画でも、イラストレーションでも、映画でも、彼が求め続けているのは、自分の感覚に正直でいられる表現です。経験を重ねてもなお、その自由を手放さないこと。それこそが、グリゴロフの創作を貫いているものなのです。