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「そこにいながら、どこにも属さない感覚。」

アイデンティティの境界を超えて:歴史と表現が織りなすアートの旅

フローリンダ・フェレイラ・ディニス・クロプリース(Florinda Ferreira Dinis Klopries)は、「フロー・ディニス・クロプリース(Flo Dinis Klopries)」の名で芸術家として広く知られています。作品に自身の姓のみを署名する独特のスタイルは、観る者がジェンダーの固定観念にとらわれることなく、作品そのものに向き合えるようにとの思いが込められています。また、美術史の中で女性が軽視されてきた現実を意識した選択でもあります。ポルトガル・ポルト生まれのクロプリースは、ポルト大学でドイツ語と英語の文献学、歴史、文学を学び、学位を取得。その後、さらなる知識を求めてドイツに渡り、言語学でマギスター・アルティウムを修了しました。在学中にはボン音楽学校でクラシック声楽とピアノを学び、芸術への興味を深めました。

その後、フランスのロレーヌ地方に移住したクロプリースは、芸術表現の幅をさらに広げていきます。抽象的なスタイルから始め、次第に写実的なアートへと移行しました。12年にわたり、さまざまな国の著名なアーティストたちから直接指導を受け、技術と表現力を磨いてきました。彼女の作品は主にパリを拠点に発表され、フランス国内だけでなく、ドイツやルクセンブルクなどでも出展されています。2023年8月にはドイツにアトリエを開設し、創作の新たな拠点としました。このアトリエは、クロプリースが異文化の中で築き上げてきた芸術の軌跡と、今も続く挑戦の象徴と言えるでしょう。

フロー・ディニス・クロプリース:色彩と旋律の交錯する旅

フロー・ディニス・クロプリースの作品には、『どこにも属さず、すべてに属するような感覚』が静かに息づいています。複数の文化と土地をまたぎ歩んできた経験が、彼女の創作に独特の深みと広がりを与え、尽きることのないインスピレーションの源となっています。クロプリースにとって自然は、創作の原点とも言える存在です。ポルトガルの大西洋沿岸で過ごした幼少期が、彼女の感性を育み、とりわけ「青」という色は、海や空の象徴として彼女の作品にしばしば登場します。ただ、彼女の表現は決して特定の色彩に縛られることはありません。また、バロック音楽への深い愛情は、彼女の芸術観に深い影響を与えています。

幼少期から、歌や絵、文章、ダンスといった表現することが日常の一部でした。とりわけ声楽には強い情熱を注いでいましたが、舞台上での極度の緊張や健康上の問題により、方向転換を余儀なくされてしまいます。これをきっかけに、彼女は再び絵画やスケッチに取り組み、心の安定と創作の喜びを見出しました。学びと実践を重ねる中で、クロプリースは独自のスタイルを確立し、アーティストとしての確固たるアイデンティティを築きました。彼女の作品には、内なる探求と哲学的な思索が深く刻み込まれています。それは、彼女の人生の旅そのものを映し出すかのようです。

スタイルの変遷:多彩な表現の進化

フロー・ディニス・クロプリースの作品は、幾何学的な抽象表現から現代的な象徴的具象表現へと進化しました。具象的な風景画を経て、抽象的な水をテーマにした作品へと発展し、現在では具象と抽象的具象、さらにはアンフォルメル(抒情的抽象)の間で繊細なバランスを模索する表現へと至っています。彼女の創作の核心には、自然の神秘、哲学的な探究、そして新たな表現への絶え間ない挑戦が息づいています。

彼女のアトリエには、多様な素材が並び、創造のひらめきを支える重要な要素となっています。柔らかな照明、印象的な写真、心に響く言葉、自然物、そしてクラシックやバロック音楽が、創作の雰囲気を豊かにしています。また、制作中に訪れる「気が散る」瞬間も、彼女にとっては思考を整理し、新しいアイデアを引き出す貴重なきっかけとなっています。こうしたすべてが、彼女の豊かな芸術世界に自然と溶け込み、新たな表現を紡ぎ出しています。

フロー・ディニス・クロプリース:「金継ぎ」シリーズが織りなす美学と未来

フロー・ディニス・クロプリースの芸術的な感性は、ウィリアム・ターナーや趙無極、朱徳群、アンゼルム・キーファーといった巨匠たちの影響を受けつつも、独自のスタイルを追求する姿勢が作品に色濃く表れています。その代表作である「金継ぎ(1) 2020」は、このシリーズの特徴をよく示している一作です。日本の伝統技法「金継ぎ」と「侘び寂び」の美学を取り入れ、壊れた陶器を修復する過程を通じて、人間の「傷」や「再生」を象徴的に描き出しています。不完全さの中に宿る美しさを称えるその哲学は、作品全体に深みを与え、観る者の心に響きます。

クロプリースは油彩画を中心に制作を続けながら、水彩画やスケッチ、コラージュ、小さな彫刻といった多様な手法にも挑戦しています。さらに現在は、段ボールをキャンバスにした大型の抽象作品の制作に取り組んでいます。これらは壁に飾るのではなく、空間全体を活用し、新たな視覚的体験を創出することを目指しています。伝統と革新を融合させるこの試みは、彼女の創作活動に新たな視野を開き、現代アートの可能性を探求する意欲を感じさせます。

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