「私にとって色は音楽のようなものです。色にはそれぞれ固有のリズムや響きがあり、画面にさまざまな感情をもたらします。」
感性の原点と創作への目覚め
クラクフで育ったピョートル・クリコフスキ(Piotr Kulikowski)は、中世の面影を残す街路や歴史ある建物、今も息づく豊かな文化に囲まれて幼少期を過ごしました。そうした街のたたずまいは、彼の美意識を育てるうえで大きな役割を果たしました。建築の均整や古い壁の質感、長い年月を経て受け継がれてきたものへの感覚は、のちに絵画と向き合う際の礎となっていきます。小学校から高校にかけては、美術史を学ぶと同時に実技の授業にも積極的に取り組み、芸術家が素材と想像力を通して世界をどのように捉え、表現するのかを学びました。そうした経験を重ねるなかで、絵画を単に目を楽しませるものとしてではなく、時代や場所、人の感情を映し出す表現として捉えるようになります。若い頃に培われたこうした感覚は、彼の中に創作への強い関心を育んでいきました。
しかし、それをそのまま将来の道に結びつけることはできませんでした。18歳のとき、専門的に美術を学ぶため美術大学を受験しましたが、競争の激しい選考を通過することはできませんでした。それでも創作に関わる道を諦めず、関連分野での研修など別の可能性を探しましたが、次第に視力が悪化し、その道を続けることが難しくなっていきます。将来の安定を考えた末、彼は進路を医学へと切り替えました。入学試験の条件も比較的挑戦しやすく、無事に進学を果たします。こうして美術とは異なる道を歩むことになりましたが、関心そのものが消えたわけではありません。実際に絵を描く機会こそ遠のいたものの、ものを見る目や美に対する感覚は、長い年月を通じて彼の中に残り続けました。
転機が訪れたのは2024年のことでした。思いがけず手首を骨折し、キーボードを打つことも、日常の何気ない作業も一人では難しい状態になりました。リハビリを担当していた理学療法士が冗談半分に「絵を描くのも訓練になるかもしれない」と勧めたことをきっかけに、クリコフスキは再び絵筆を手にします。当初は手首を動かすための練習として始めたものの、ほどなくして長年遠ざかっていた創作への思いがよみがえりました。制作の様子を交流サイトで発信するようになり、療養中には梨を描いた二点の静物画も完成させています。それらは単なる上達の記録ではなく、何十年ものあいだ離れていた絵画と再び向き合い始めたことを示す作品となりました。それから二年も経たないうちに、熱心に制作を重ねた彼は展覧会に参加するまでになります。思いがけないけがが、長く遠ざかっていた創作の世界へ戻るきっかけとなり、新たな歩みを始めることになったのです。
ピョートル・クリコフスキ:色彩が生むリズムと感情、そして視覚の音楽
クリコフスキの作品を特徴づけているもののひとつが、色彩への強いこだわりです。彼にとって色は、単に目に映る情報ではなく、音楽にも似た豊かな表現力を持つものです。ピエール・ボナールやフィンセント・ファン・ゴッホなどの画家から影響を受け、目の前にある色をそのまま再現するのではなく、鮮やかな色彩によって感情や雰囲気をより強く引き出す表現を追求してきました。それぞれの色には固有の響きとリズムがあり、それらが重なり合うことで、見る人の感覚に直接訴えかける画面が生まれると彼は考えています。作品には補色の鮮やかな対比や、光を帯びたような色の移ろいがしばしば見られ、身近な題材も色彩によって新たな印象をまといます。日々制作と試行錯誤を重ねながら、物語を明確に描くことなく、色そのものによって記憶や緊張感、穏やかさをどこまで表現できるのかを探り続けています。
制作の出発点となるのは、多くの場合、彼の頭の中に浮かぶイメージです。漠然とした像が少しずつ形を整え、それを画面へと移していきます。頭の中に浮かぶイメージを出発点とすることで、静物や自然の風景といった伝統的な題材にも自由な発想で向き合うことができます。大胆に構図を変えながらも、何を描いているのかが分かる程度の形は残し、その周囲では抽象的な表現を取り入れています。写実的な描写が画面の手がかりとなる一方で、勢いのある筆致や鮮やかな色の広がりが、あえて一義的には捉えきれない部分を生み出します。見る人が自分自身の感覚で作品を読み取る余地を残すためです。こうして彼の絵画には、現実の姿をとどめながらも、そこから少しずつ離れ、別の見え方へと変化していく独特の世界が生まれています。
色彩表現を広げるうえで、画材についてもさまざまな試みを重ねてきました。当初は油彩だけを用いていましたが、その後はアクリル絵具やアクリルインク、木炭なども取り入れ、それらを重ね合わせるようになりました。厚く塗った油絵具は完全に乾くまで数か月かかることもあり、その扱いを通して、時間をかけて画面の変化を見極めることを学んだといいます。やがて、その乾燥の遅さ自体も制作に生かし、絵具を重ねながら動きや奥行きを感じさせる質感をつくるようになりました。厚く盛り上げた絵具の間に木炭の線を走らせたり、薄く溶いた絵具を重ねたりすることで、画面には異なる質感や強弱が生まれます。こうした技法の広がりにも、慣れた方法にとどまらず、常に新しい表現を探ろうとする彼の姿勢が表れています。一枚一枚の作品を通して、色彩、構図、そして画材そのものの質感をどのように結びつければ、より豊かな画面を生み出せるのかを追求しています。
自然、記憶、季節の移ろいが織りなす物語
クリコフスキにとって、とりわけ思い入れの深い作品のひとつが《四季》シリーズです。きっかけとなったのは、ポーランドに暮らす父親から送られてきた一枚の写真でした。そこに写っていたのは、家族の庭におよそ50年前から立ち、今も健在の一本の桜の木でした。深く降り積もったばかりの雪に包まれた冬の日の光景は、一見するとごく素朴なものでした。しかし、クリコフスキはその風景をそのまま描くのではなく、季節とともに移り変わる木の姿を連作として描くことを思いつきます。こうして一枚の写真から、時間の経過や変わらず受け継がれていく思い、家族とのつながりを見つめる作品へと発展していきました。季節ごとに姿を変えながらも、一本の木であることに変わりはない。その姿を通して、自然の変化と、その奥にあり続けるものを描こうとしたのです。《四季》のなかで桜の木は、単なる題材にとどまらず、長い歳月を生きる強さや世代を超えて受け継がれる家族の思い、そして季節が巡る美しさを象徴する存在となっています。
このシリーズの表現には、音楽も大きく関わっています。クリコフスキはアントニオ・ヴィヴァルディの楽譜の冒頭部分を画面に取り入れ、音楽から受けた着想を絵画の一部として組み込みました。制作中にもヴィヴァルディの音楽を聴き、その旋律や流れを意識しながら、色の移り変わりや画面の構成を考えていったといいます。そこでは、それぞれの季節が風景や色だけで表されるのではなく、音楽から感じ取った空気や調子も重ね合わされています。音と色という異なる表現を結びつけることで、季節の印象をより豊かに伝えようとしたのです。音楽のリズムを色の動きへと置き換えるその試みからは、絵画を目で見るだけのものに限定しない、クリコフスキの考え方がうかがえます。異なる芸術の境界にとらわれず、それぞれを自由に行き来することが、新しい表現につながると彼は考えています。
季節によって姿を変える木は、クリコフスキが繰り返し描いてきた自然の題材ともつながっています。静物や花束、風景などは彼の作品にたびたび登場し、馴染みのある題材を土台にしながら、さまざまな表現を試す場となっています。描かれたものの形が鮮やかな色のかたまりへとほどけていくこともあれば、正確な描写よりもその場で感じた印象を重視し、明るい空の下で地平線を揺らぐように描くこともあります。こうした表現には、静物画や風景画といった伝統的な絵画の形式を受け継ぎながら、そこに現代的な感覚を取り入れようとする姿勢が表れています。過去の絵画とのつながりを大切にしつつ、自分自身の見方や表現を重ねていく。その特徴がよく表れているのが《四季》シリーズです。個人的な記憶、身近な自然へのまなざし、そして音楽という文化的な要素がひとつに結びつき、クリコフスキならではの作品へと形づくられています。
ピョートル・クリコフスキ:太陽と海、そして現代的な表現を求めて
クリコフスキの代表的な連作のひとつに、《太陽と海》シリーズがあります。題材となっているのは、誰もが一度は目にしたことのある夕暮れの海です。光と水が交わるこの光景は、これまでにも数多くの画家によって描かれてきましたが、彼は単に目に映る景色を再現するのではなく、そこから新たな表現を生み出そうとしました。太陽と海が重なる瞬間には、自然の雄大さとともに、人の感情を強く揺さぶるものがあると彼は考えています。写真のように正確な描写を見慣れた現代の人々にも親しみやすく、それでいて意外性のある作品にするため、色の移り変わりや大胆な筆の動き、幾層にも重ねた絵具の質感を生かしながら、日が沈む一瞬の美しさを描いています。細部を忠実に写し取るのではなく、その場の光や空気、刻々と変わっていく夕暮れの印象を画面にとどめようとしているのです。
このシリーズを形にするまでには、構図と色彩の組み合わせについて何度も試行錯誤を重ねました。クリコフスキはさまざまな作品を制作しながら、風景としての分かりやすさを残しつつ、どこまで抽象的な表現を取り入れられるかを探っています。波は大きく流れるような線へと変わり、光に満ちた空は、揺らめく色の広がりへと姿を変えていきます。こうした描き方は、目の前の印象を率直に捉え、自由な表現を重んじてきた絵画の伝統にも通じています。伝統的な風景画を出発点としながら、それを自らの感覚で捉え直し、現代的な表現へと変えているのです。見慣れた題材であっても、新しい視点と技法で向き合うことで、そこにこれまでとは異なる表現を見いだせることを、彼の作品は示しています。
手首のけがをきっかけに本格的な制作を再開して以降、展覧会への参加を重ねてきたことも、頭の中に浮かぶイメージを実際の作品として形にしていこうとする思いを強めました。リハビリの一環として絵を描き始めてから短期間で大きく技術を伸ばした背景には、粘り強く制作を続け、新しい方法を試してきた姿勢があります。彼の作品には、記憶や感情とともに、描くことそのものの勢いが感じられます。さまざまな技法と鮮やかな色彩を組み合わせながら、クリコフスキは、私たちが目にしたものをどのように受け取り、それがどのように心に残っていくのかを一枚ごとに探っています。一見すると即興的で自由に描かれたように見えながら、画面は細部までよく考えて構成されており、これまでに受けた影響と現在の表現がひとつの作品の中で重なり合っています。制作を続けるなかで、絵画は彼自身のこれまでの歩みを見つめ直す手段となると同時に、自らの経験を作品としてより広く伝えるための表現にもなっています。




