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「絵を描くと、心が穏やかになりエネルギーが湧いてきます。それは私自身を表現する術であり、世界と向き合い、語り合う手段でもあります。」

自然の息吹を抽象画に込めて

アイスランド出身の抽象画家クララ・グンラウグスドッティル(Klara Gunnlaugsdottir)は、現在フランスを拠点に活動しています。彼女の作品には、故郷アイスランドの壮大な自然の景色が色濃く反映されています。レイキャビク郊外で育ったクララは、溶岩台地や広がる大西洋の景観に囲まれて過ごしました。このダイナミックな環境と、マルチジャンルのアーティストだった祖父の影響が、幼い頃から彼女の創作意欲を育んできました。

また、クララにとって音楽は欠かせない存在です。絵画と同じように歌うことを心から愛し、現在も合唱団に所属し声楽のレッスンを続けています。彼女の作品には、音楽的なリズムや感覚が自然に表れています。

旅もクララの創作活動に大きな影響を与えています。幼少期にヨーロッパ各地を訪れた経験をはじめ、その後イギリス、ドイツ、アメリカでの生活を通じて、多様な文化や芸術に触れました。政治学を学び、その分野で仕事をしていた時期もありましたが、絵画への情熱は揺らぐことがありませんでした。2000年にフランスへ移住したことを機に、絵画制作を本格的に始め、2010年以降はアートに専念し、プロのアーティストとして活動を続けています。

クララ・グンラウグスドッティル:喜びと自由を描く筆の軌跡

クララにとって絵を描くことは、喜びそのものであり、自分自身を表現する大切な手段です。彼女の作品には、アイスランドの火山地帯や溶岩台地に広がる独特の自然が生み出す息吹が色濃く表れています。これらの風景は、彼女の感性を深く育んだ原点と言えるでしょう。クララの絵画は、目に見える景色をそのまま描くのではなく、自然がもたらす感覚や心の奥に響く印象をとらえています。観る人がその中に自由な解釈を見出せるよう、形や色の曖昧さをあえて残した構成が特徴です。そのため彼女の作品は、単なる風景画の枠を超え、感情や記憶を呼び起こす抽象的な世界へと広がります。

制作においてクララは、固定観念にとらわれない柔軟なアプローチを大切にしています。アクリル絵の具やモデリングペースト、砂など、さまざまな素材を取り入れて重なりや奥行きを持たせた画面を作り上げます。光と影、粗さと滑らかさといった質感の対比を巧みに使い、絵に動きと生命力を与えています。また、筆だけでなく日用品や手作りの道具を用いることで生まれる独特な表面の質感も、彼女の作品に個性を与える要素となっています。

彼女の作品には、土、火、水、風といった自然界の要素が繰り返し描かれています。『ブラックラバ(Black Lava)』『レッドホットラバ(Red Hot Lava)』『モッシーラバ(Mossy Lava)』といったシリーズでは、火山地帯の地形を通して、自然が持つ力強い営みや生命の循環が表現されています。また、氷河や海、雪といった水をテーマにしたモチーフも多く、気候変動や自然の変化への深い思いが込められています。クララの作品は、自然が秘める圧倒的なエネルギーと癒しを鮮やかに映し出し、その感動を観る者と共有します。それは、自然への敬意と畏怖を込めた、静かで力強いメッセージとして心に響きます。

創造の聖域:スタジオが育む芸術

クララにとってスタジオは、創作のエネルギーが生まれる特別な場所です。広々とした空間は、キャンバスを回しながら描く、さまざまな角度から作品を観察する、複数の作品を同時に進めるといった多様な制作スタイルを支えています。絵画制作、作品の撮影、仕上げ作業と用途ごとに明確に区分されたレイアウトは、効率性と集中力を最大限に引き出す環境を生み出しています。スタジオには余計なものを持ち込まず、静かに創作に向き合える空間が保たれています。携帯電話やコンピュータといった気を散らす要素を排除し、作品に集中するための環境作りを徹底しています。また、十分な照明を配置することで、色彩の微妙なニュアンスやレイヤーの細やかな重なりを正確に見極めることができます。

音楽はクララにとって、制作の一部ともいえる存在です。制作中は音楽を流し、そのリズムや雰囲気を自然に作品に反映させています。キャンバスを動かしながら描く姿や、軽やかに体を動かしつつ筆を走らせる様子は、まるで音楽と対話するかのようです。また、複数の作品を並行して制作することで、ひとつに集中しすぎることなく、常に新鮮な視点で創作を続けられるのも特徴です。

クララの制作過程は、緻密な準備とその場のインスピレーションが交わる独自のスタイルです。下地作りには時間をかけ、素材や質感を丁寧に整えますが、制作が進むにつれ、水や絵の具を自由に使い、偶然生まれる表現を積極的に取り入れます。この「計画」と「即興」の調和が、彼女の作品に深みと躍動感を与えています。それは、自然の力と人間の創造性が呼応し合うような、独特の世界を形作っています。

クララ・グンラウグスドッティル:インスピレーションと未来への夢

クララの創作に影響を与えたアーティストは、アイスランド内外にわたります。フランスの抽象画家ピエール・スーラージュや、色彩の魔術師とも呼ばれるアメリカの画家マーク・ロスコは、クララにとって象徴的な存在です。一方、アイスランドのハフステイン・アウストマン、エイリクル・スミス、ニーナ・トリグヴァドッティルといったアーティストたちからは、自然との深い結びつきや抽象表現の奥深さを学びました。これらの影響は、クララの色彩の選び方や構成の妙、さらには作品に込められた感情の豊かさに、確かな形で表れています。

特に印象的な作品として挙げられるのが、『ウィンター・ワンダーランド(Winter Wonderland)』です。この作品は2021年の『アイシー・アート・シリーズ(ICY ART SERIES)』の一部で、冬の風景とスキーへの愛を題材としています。静けさと広がりが調和したミニマルな構成は、観る人に自然の持つ穏やかさを静かに語りかけます。アクリル絵の具やパステル、モデリングペースト、砂を重ねて生まれる複雑な質感が、作品に奥行きと豊かな表情を与えています。

クララは、アイスランドの氷河湖ヨークルスアゥルロゥンをテーマにした新シリーズ『アイス・ビジョン(Ice Visions)』の制作を構想しています。このシリーズでは、氷河の美しさを描くと同時に、地球温暖化による氷の消失という深刻な問題にも目を向けています。ヨークルスアゥルロゥンでの観察をもとに、自然が持つ壮大な魅力と、その脆さを繊細に描き出すことを目指しています。クララにとって、アートは自然との対話であり、そこで得た感動や気づきを他者と分かち合う手段です。彼女の作品は、自然の美しさを映し出すだけでなく、その中に潜む儚さや危うさをも静かに伝えます。一枚一枚の絵画が語りかけるのは、自然を守ることの意味とその価値です。そのメッセージは、観る者に自然との新たなつながりを考えるきっかけを与えてくれるでしょう。