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「水彩は思うようにいかないからこそ、魅了されます。無理にコントロールしようとはせず、その自然な動きと対話しながら描いていくのです」

つくることに導かれた人生

ローザ・シルヴァ(Rosa Silver)にとって、創作は幼い頃から欠かせないものでした。幼少期から、アートや文章、そしてお菓子作りにいたるまで、彼女の表現は感情を受け止め、生き抜くための手段となっていきます。それは趣味ではなく、言葉では追いつかない心の動きをすくい取る、もうひとつの言語でした。ニューヨーク、グランド・セントラル駅の近くで育った彼女は、人の往来と都市の密度、文化的な摩擦に囲まれて成長します。雑多でエネルギーに満ちたこの街の空気は、誰もが物語を抱えて生きるという感覚を肌で教え、他者との経験の共有や、受け継がれる記憶に対する繊細な感受性を育みました。現在の彼女の作品には、そうした原体験が色濃く息づいています。創造とは装飾ではなく、痛みや恐れ、しなやかさや思いやりといった感情を、ひとつの動きの中にそっと宿す行為なのだという確信が、作品の根底にあります。

やがて彼女は、その本能的な衝動を美術教育の中で磨いていきます。金属工芸を専攻し、学士号と修士号を取得。そこでは伝統的な技術とともに、概念的な探究も深く求められました。構造を理解しながら象徴性を扱う力を身につけた彼女は、やがて素材の枠を超え、より広い視野で表現をとらえるようになります。大学院での学びは、作品と「癒し」との結びつきを明確にする転機でもありました。学位取得を控えた頃、父ががんを患い、修了展の開催日に亡くなったのです。創作の節目と、かけがえのない人の死。それが重なった経験は、彼女にとって癒しを単なるテーマ以上のものにしました。それは、苦しみにそっと寄り添い、意識的に向き合うための倫理として、創作の核となっていきます。

その後、彼女の表現はインスタレーションやミクストメディア、水彩、版画へと広がっていきました。素材にとらわれず、感情と概念の両面からアプローチする彼女の姿勢は、直感に導かれつつも、医学や科学、精神的な体系に関する綿密な探究に裏打ちされています。彼女にとっての「癒し」は、単なる身体的な回復ではありません。目に見えない力、受け継がれる信念、感情の癖、そして場所に染み込む気配、それらすべてが含まれます。人間はもちろん、動物や植物にとっても、環境が与える影響に深い関心を寄せながら、創造によってどのように応答できるのかを問い続けてきました。こうした姿勢は、個人的な記憶と集団的な経験とを結びつける彼女の作品に、静かな強さを与えています。それは問いであり、そして誰かにそっと差し出す贈り物でもあるのです。

ローザ・シルヴァ:癒しの手法としての横断的な表現

ローザ・シルヴァの活動はアートの枠にとどまらず、多様な分野にまたがっています。作家、ラジオパーソナリティ、キュレーター、そして「バイロン・ケイティのワーク」と呼ばれる自己探求を中心としたマインドフルネス実践法の認定ファシリテーターとしても活動する彼女は、それぞれの役割を別々のものとは捉えていません。すべてが深くつながり合い、思いやりと気づきを大切にするという彼女の姿勢が、その根底にあります。トラウマが神経に与える影響への理解に加え、非暴力コミュニケーションやカバラ(ユダヤ神秘思想)、錬金術、そして集合的意識に関する学びが、彼女の創作の背景にあります。そうした知見は、作品づくりにおいてだけでなく、人との関わり方にも生かされています。孤立した創作者としてではなく、シルヴァは人と人との間に場をつくり、対話や内省のきっかけを育む存在としてアートに向き合っているのです。彼女の作品は、ただ鑑賞されるものではなく、観る人が心の中で何かを探り、感じ取っていくような関わりを促します。

社会や環境へのまなざしも、彼女の創作と切り離せません。シルヴァはこれまでに複数の非営利活動を立ち上げ、ホットラインのボランティアも務めるなど、癒しへの関心を日常の行動にも反映させています。アートは現実から離れた場所にあるのではなく、むしろ現実に応答し、ときにその一部となるべきものだと言う彼女の信念が、こうした活動の根底にあります。彼女のインスタレーションでは、過去に損なわれた土地や歴史がしばしばテーマとなります。そこにある痛みに目を向け、作品を通して、癒しのきっかけを生み出そうとしてきました。2012年には、環境汚染によって重度に損傷を受けたスワン島のスーパーファンド指定地において、場の空気を浄めることを意図したインスタレーションを制作しました。近年では、ポートランド中心部のギャラリーにて、ウィラメット川の水と導電性を高める銅を用い、浄化装置をテーマにした作品を壁面に直接描き出しました。科学的な知識、精神的な象徴、そして土地の特性。それらが一つの作品の中で交わる、その融合こそが彼女の表現の核にあります。

彼女の創作において、水は何度も登場する重要な要素です。素材であると同時に、象徴としての意味も持っています。水はユダヤ文化において浄化と結びついており、彼女自身もその影響を受けて、水を重要なモチーフとして扱っています。水彩画やインスタレーションにおける水は、ただの絵具ではなく、動きやかたちを導く相手として、作品づくりに主体的に関わってきます。彼女はしばしば現地の水を採取し、その土地の気配や空気を作品の中に取り込むのです。癒しは抽象的な理想ではなく、常にその場、その環境と切り離せないものであるとシルヴァは信じています。銅や建築的モチーフ、土地の素材などを組み合わせ、複雑に絡み合う世界のありようを、目に見えるかたちで可視化していきます。それは、科学と精神性、自然環境と人の共感がひとつにつながっていく関係のかたち。彼女の作品は、そうしたつながりのあり方を映し出す、生きた構造そのものなのです。

記憶、影響、そして祖先からの継承

ローザ・シルヴァの創作は、視覚芸術、精神的な伝統、科学的な探究など、多様な領域からの影響によって形づくられています。ジェニー・ホルツァー、フランシス・ベーコン、ウィリアム・ブレイク、マルレーネ・デュマ、アンゼルム・キーファーといった作家たちに対して、彼女は脆さや歴史、道徳的な複雑さに正面から向き合うその姿勢に強い関心を抱いてきました。一方で、古い医学書や科学文献、過去のアーカイブ資料にも惹かれています。そこには、人類が長い時間をかけて身体や世界を理解しようとしてきた痕跡が刻まれています。錬金術や物理学、機械の仕組み、ユダヤ文化に根ざした象徴やカバラといったさまざまな知のあり方も、彼女の思考に影響を与えています。こうした知の体系は、固定された理論としてではなく、癒しのプロセスの中で必要に応じて取り入れられる柔軟な支えとなっています。芸術とは、変化や気づきが生まれる場所である。そんな考え方が、彼女の制作の土台にあります。

祖先や、そこから受け継がれてきた記憶も、彼女の作品において重要な位置を占めています。シルヴァは、世代を超えて引き継がれる感覚や集合的な意識に目を向けながら、自身のユダヤ系のルーツとも向き合ってきました。移動や生き延びること、異なる文化や土地が交わる経験といったテーマの中で、個人的な記憶と歴史的な文脈が重なり合っていきます。祖先の歩みが、自分という存在にどのような影響を与えているのか。その詳細をすべて知ることができなくても、その問い自体が彼女の制作を導いています。シルヴァの作品は、過去のトラウマを解消しようとするものではありません。それが心や身体の中に今も息づいていることを認め、その存在に静かに目を向けるための場をつくり出します。彼女が重視しているのは、結論を出すことではなく、つながりを保ち続けることです。癒しとは、明確な答えにたどり着くことではなく、注意深く向き合い続ける姿勢そのものだという考えが、彼女の表現の中心にあります。

また、場所という要素も、彼女の制作に影響を与えています。それは地理的な意味だけでなく、感覚的、精神的な側面も含んでいます。都市の密度と速度に満ちたマンハッタンで育ち、現在は自然に囲まれたハワイのカウアイ島で暮らす彼女にとって、これらの環境は単なる対比ではありません。異なる性質をもつ場所が、それぞれに感覚を研ぎ澄ませる役割を果たしてきました。場所は背景として存在するだけではなく、私たちに影響を与え、何かを伝える力をもっています。それを意識しているかどうかにかかわらず、場所は常に現在の私たちに関わり続けています。彼女のインスタレーション作品の中には、「被験者に対する場所の影響」と題された科学論文の一節が引用されることもあります。その被験者とは彼女自身であり、人生そのものをひとつの実験として捉えています。ハワイでの生活を通して、土地との関係をめぐる倫理的な意識もより深まりました。先住民族が土地と築いてきた深い結びつきを尊重しながら、彼女は自らも慎重に、誠実に場所と関わることを大切にしています。土地は単なる素材ではなく、ともに制作に関わる存在なのです。シルヴァの作品に一貫しているのは、場所に何かを押しつけるのではなく、耳を澄まし、観察し、その反応に応じるという姿勢です。その静かなやり取りの積み重ねが、彼女の作品に深い奥行きと持続する余韻を与えています。

ローザ・シルヴァ:意味を宿す作品とこれからの展開

ローザ・シルヴァの創作には、記憶、象徴、そして変化というテーマを明確に映し出す作品がいくつか存在します。なかでも水や空、雲のかたちへの長年の関心は、彼女の表現に一貫した視点を与えています。すべての存在が国境や信念の違いを越えて、同じ空の下で生き、水に支えられているという実感。それは、カバラの学びやアッシジでのレジデンス滞在を通じて、より深まりました。彼女は、聖フランチェスコが見ていたであろう世界を自分の目で見ようとしながら歩き、太陽の光を肌で感じ、目に映るものの奥にあるものに意識を向け、大地を奇跡のように見つめるという体験を重ねました。カバラでは、私たちが五感を通じて知覚しているものは、存在全体のほんの1パーセントにすぎないとされます。シルヴァは、そうした視点から「人間であること」や「地上で生きるとはどういうことか」という根源的な問いに向き合っています。

かつて彼女は、ニューヨークで大規模なインスタレーションを手がけていましたが、制作にともなう大量の廃材が環境への配慮と矛盾することに悩みました。パーマカルチャーの思想や、廃棄物をできるだけ出さないという価値観の影響を受け、彼女はやがて、2インチ四方の小さな水彩画へと表現を移していきます。その発想のもとには、1960年代の理科の教科書に見られる挿絵がありました。水への興味は、子どもの頃に蛇口で水遊びをしていた記憶にまでさかのぼると言います。

代表作のひとつ『Some Kind of Wonderful』は、ホロコースト時代のユダヤ人ゲットーで、ヘンリク・ロスが撮影した写真との出会いから生まれました。ロスはナチスの命令で宣伝用の写真を撮りながらも、密かに数千枚のネガを地中に埋め、その後それらは歴史的な記録として発見されました。シルヴァはそれらの写真を自ら撮影し、一部を水彩紙に印刷。水や色、古代の象徴を用いて、静かな瞑想のように向き合いながら手を加えていきました。作品の中心には、破壊された神殿のがれきの中で、聖典を手に立つ男性の姿が据えられています。残酷さへの問いから始まったこの作品は、破壊と創造の共存に目を向けることで、癒しの感覚をたぐり寄せようとする試みとなりました。カバラの学びのなかで、神殿の崩壊をきっかけに神秘思想が生まれたという物語を知ったことも、この作品に深みを与えています。

もうひとつの重要な作品『Life & Death in Flight: What We’ve Carried』は、東欧での反ユダヤ主義から逃れた家族の足跡をたどるなかで生まれました。分かれ道のように枝分かれした移住の経路が、やがて彼女自身の人生のなかに交差していくという視点から、「私たちはどんな記憶や歴史を背負って生きているのか」という問いを投げかけています。『She is ResourceFULL』は、ハワイで制作されたモノプリントから生まれた作品で、一連の“窓”のようなイメージのなかに人生の段階を描き出し、最後は、束縛から解き放たれるようなイメージで締めくくられています。

シルヴァの制作スタイルは、決まった時間に作業するというような型にはまったものではありません。無理に何かを生み出そうとすると、気づきではなく消耗に向かってしまう。そんな感覚が、彼女の仕事の進め方をかたちづくっています。現在は自宅の限られたスペースで制作しているため、水彩や版画を中心とした平面作品が主となっていますが、大規模なインスタレーションや立体作品への意欲も変わらず抱いています。今の関心は、「場所」と、そこに生きる人々の癒しに注がれています。量子物理学、地理的エネルギー、錬金術、精神的探究などを作品のなかで結び合わせ、目に見えるかたちへと結晶化させようとしているのです。また現在、彼女は自らの記憶を綴る回想録の執筆にも取り組んでおり、「語ること」をもうひとつの癒しの手段と捉えています。ラジオ番組への出演やKBOO FMでの放送活動もその延長線上にあります。声や語りの力を、彼女は作品における大切な表現手段のひとつと考えています。人生はひとつの実験であり、自分自身がその被験者である。そう語る彼女にとって、どのメディアもすべてひとつながりの表現の一部です。ひとつの作品が次の作品へと自然につながっていくように、彼女の創作はとどまることなく展開を続けています。そこには、つねに開かれた姿勢と、深い思いやりの心が息づいています。