「芸術は文明を支える根幹です。そして私にとっては、自分なりの方法でこの世界と向き合っていくための手段でもあります。」
芸術と経験の中で見つけた自由
国境を越え、異なる文化に触れながら、カシャ・トゥライチク(Kasia Turajczyk)は自分らしい表現を追い求めてきました。その原動力となっているのは、尽きることのない知的好奇心と、何よりも自由に創作したいという揺るぎない思いです。ポーランドとドイツにルーツを持つ彼女は、ポーランドで生まれ、ヨーロッパのいくつかの国で暮らしたのち、2010年にイングランドに定住しました。幼少期を過ごしたのは、共産主義体制下のポーランドでした。灰色の街並みや社会主義リアリズム様式の建物が立ち並び、政治的にも厳しい時代でしたが、彼女の心の中には色彩豊かな世界が広がっていました。本を読み、絵を描き、音楽や演劇、映画を楽しみ、歴史ある建物を訪ねる。祖父母や親戚からの愛情にも恵まれ、そうした日々の中で豊かな想像力を育んでいきました。彼女にとって芸術は、単なる趣味ではありませんでした。厳しい現実の中でも自由に想像を膨らませることができる、大切な心のよりどころだったのです。
幼い頃から、絵を描くことや何かを生み出すことは、ごく当たり前の日常の一部でした。ほかの子どもたちがおもちゃを集める一方、彼女が夢中になったのは、鉛筆や紙、そしてヨーロッパの偉大な画家たちを紹介する本でした。著名な芸術家の伝記を読むたびに、その業績への憧れは強まり、どんなに暗く厳しい環境でも、想像力があれば乗り越えられると信じるようになりました。古代の建築物や歴史ある建物、オペラ、バレエ、文学、美術館にも親しみ、さまざまな芸術に触れてきました。まだ芸術家になることなど考えていなかった頃から、こうした経験を重ねることで、ものを見る目や芸術への理解を深めていったのです。幼い頃に受けた影響は、今の作品にも残っています。記憶や象徴的な表現、自分の感情を偽らずに描くことは、今も彼女にとって大切なテーマです。そこには、彼女自身が歩んできた人生と、誰もが持つ人間としての経験が重ねられています。
トゥライチクにとって、絵を描くことは、大人になってから選んだ仕事というよりも、昔から自分の一部のように自然に続けてきたことでした。幼い頃の思い出の一つに、台所から果物を集めてきて、両親の家の居間にある白い壁を、その絵で埋め尽くしてしまったというエピソードがあります。この無邪気で大胆な行動には、思いついたことを恐れずに試してみる、今も変わらない彼女の姿勢が表れています。現在もキャンバスに向かうたびに、新しい発見を楽しんでいます。最初にしっかりと構想を練ることもあれば、描いている途中で浮かんだアイデアを取り入れることもあり、計画とひらめきの両方を大切にしています。作品では、シュルレアリスム的な物語表現と抽象表現を自在に行き来します。何かを物語りたいという思いを持ちながらも、最初に考えた形にこだわることはありません。制作中に思いがけない変化が生まれれば、それも受け入れながら絵を描き進めていきます。
カシャ・トゥライチク:知的好奇心と感情表現
トゥライチクの芸術観には、美術にとどまらない、驚くほど幅広い知識が生かされています。歴史や人文科学、文学、哲学を学ぶ一方で、数学や量子物理学、天文学、金融にも関心を広げてきました。レオナルド・ダ・ヴィンチに惹かれたのも、そんな尽きることのない好奇心からです。彼女が敬愛するのは、ダ・ヴィンチの並外れた芸術的才能だけではありません。分野を問わず、あらゆることを理解しようと探究を続けた姿勢にも深い尊敬の念を抱いています。こうした幅広い関心は、彼女の絵画にも生かされています。作品の中で物語を描くときには、科学への興味や哲学的な思索、人間の存在をめぐる問いがしばしば重なります。頭で考えることと心で感じることを切り離さず、その両方が互いを豊かにするような表現を探し続けているのです。
影響を受けた芸術家たちを見ても、その関心の幅広さがうかがえます。古い時代の絵画にも深く親しみ、作風の違いにもとらわれず、さまざまな表現から刺激を受けてきました。若い頃には、サルバドール・ダリの作品を通じて、シュルレアリスムの自由な想像の世界を知りました。一方、アルブレヒト・デューラーの卓越した技術には憧れを抱きながらも、自分の技量に不安を覚えることもありました。やがて抽象絵画に出会ったことで、伝統的な技法を極め、完璧を目指さなければならないという重圧から解放されたのです。中世のシエナ派やフィレンツェ派の絵画も、今なお彼女を魅了しています。自身は宗教的な価値観にとらわれないものの、これらの絵画に見られる誠実な表現や、輝くような色彩、感情の力強さに深く惹かれています。このほかにも、レメディオス・バロ、フランシスコ・ゴヤ、ポール・セザンヌ、歌川広重をはじめとする日本の浮世絵師、ポーランドの画家ヴィトルト・ヴォイトキェヴィチ、アンゼルム・キーファーなど、多くの芸術家から影響を受けてきました。それぞれから得たものが、彼女の表現をさまざまな形で育み、今もその変化を支えています。
そして何よりも、彼女にとって創作のヒントに満ちているのは、人生そのものです。自然や文学、政治、旅、音楽、建築、日常の何気ない出会いまで、あらゆるものが新しい発想につながり、やがて絵画へと発展していきます。また、移民として暮らしてきた経験から、社会の不正や偏見、不公平な扱いに対して、いっそう敏感になりました。他者の立場や気持ちを思いやる姿勢は、彼女の人柄にも、作品を生み出すうえでのものの見方にも深く関わっています。アトリエに閉じこもるのではなく、街の様子やさまざまな風景、人との会話、本、文化的な催しなど、身の回りのあらゆるものから刺激を受けています。そこで見聞きし、感じたことが少しずつ心に積み重なり、やがて絵となって現れるのです。作品の中では、色彩や雰囲気、記憶、感情が互いに結びついています。見る人に社会について考えるきっかけを与える一方で、個人の心の奥深くにある、極めて私的な感情や思いにも目を向けています。
物語と象徴が形づくる想像の世界
トゥライチクの数ある作品の中でも、《The Loony Bin of Life》(人生という狂気の館)は、彼女にとって特に思い入れの深い一作です。キャンバスに油彩で描かれたこのシュルレアリスム絵画には、大人たちが責任を果たせず、そのしわ寄せが若い世代に及んでいることへの深い失望が、さまざまな象徴を使って表現されています。物語の中心となるのは、彼女の作品にたびたび登場するピノキオです。当初は大きなキャンバスに巨大なピノキオを描く構想でしたが、以前に描いたスケッチをきっかけに、アイデアが大きく膨らんでいきました。そのスケッチには、子どもたちや空想上の生き物、横断幕のほか、大人社会の不条理に抗議する様子が描かれていました。そこからさらに発想が広がり、一晩のうちに、動きと切迫した感情にあふれる、より壮大で象徴的な世界へと発展したのです。
こうして生まれた構想では、子どもたちやおもちゃ、美しく作られた木馬が並ぶメリーゴーラウンドの中に、巨大なピノキオが登場します。このメリーゴーラウンドは、現代社会の混乱や不条理を象徴するもので、そこにいる子どもたちは、自分たちに押しつけられた社会の仕組みから抜け出したいと願っています。人形と人間の間にいるピノキオは、そんな彼らが自由を見つける手助けをする案内役にぴったりの存在です。トゥライチクは、幻想的な絵ならではの魅力を大切にしながら、社会が抱える深刻な問題を取り上げています。この作品では、物語と象徴的な表現を巧みに組み合わせ、社会への批判や強い感情を伝えています。同時に、見る人の想像力を刺激し、絵に込められた幾重もの意味について考えさせてくれます。
もう一つ、彼女にとって特別な意味を持つ作品が、《My Brain: The Conversation with My Cosmos》(私の脳――私の宇宙との対話)です。抽象表現とミクストメディアを用いて、想像力の世界を探った作品です。アクリル絵具に加え、捨てられたCDやワイヤー、木材、プラスチック、種子、ねじ、くぎ、ナットなど、身近にあるさまざまな素材を組み合わせています。制作した場所も少し変わっています。アトリエの近くにある屋外の芝生の上で、いつにも増して直感を頼りに作り上げたのです。トゥライチクはこの作品を、自分の心と広大な宇宙との対話だと語ります。そこでは脳が物語の語り手となり、同時に想像上の世界を生み出す役割も担っています。また、社会の不平等や環境破壊、動植物の種が次々と姿を消していくことなど、彼女が心を痛めている問題への思いも込められています。意外な素材の組み合わせや勢いのある構成、感情を込めた象徴表現からは、独創的な方法で知的な探究心と他者への深い思いやりを表現しようとする、彼女の強い姿勢が伝わってきます。
カシャ・トゥライチク:好奇心と発見を重ねながら
夜明けとともに絵を描き始める日もあれば、夜遅くまで制作を続ける日もあります。トゥライチクの制作に決まった時間割はありません。作品によって進み方が違うため、その時々の流れに合わせて取り組んでいます。旅に出ればアトリエでの作業はいったん中断しますが、旅先で過ごす時間も彼女にとっては大切な創作活動の一部です。どこへ行くにもスケッチブックを持ち歩き、目にしたものを記録したり、新しい作品の構想を練ったりしています。読書も絵を描くことと同じくらい大切にしており、豊富な蔵書から過去の芸術運動やさまざまな技法を学び、新しいものの見方に触れています。また、長い散歩をしながら、制作途中の作品についてじっくり考えることもよくあります。歩きながら頭の中で絵を見直し、考えを整理することで、次に何をすべきかが明確になり、新たな気持ちで制作に戻ることができるのです。
トゥライチクの制作には、絵筆を動かすのと同じくらい、じっくり考える時間も欠かせません。キャンバスを長い間眺めたり、その周りを歩きながら別の角度から見てみたり、エスプレッソをもう一杯いれて、次にどう描くかを考えたり。新たに一筆を加えるまでに、そんな時間をたっぷりとかけることも珍しくありません。普段から複数の作品を並行して進めており、一つの作品から少し距離を置きたいときには、別の絵に取りかかります。シュルレアリスム絵画から抽象画、ドローイングへと、その時々で制作するものを変えながら、作品を完成へと近づけていくのです。また、芸術家が過去の時代の作品や発想から影響を受けるのは、ごく自然なことだと率直に認めています。先人たちの表現から学ぶことは避けるべきものではなく、芸術家として成長するために欠かせないと考えているのです。そして、彼女が何よりも喜びを感じるのは、制作にすっかり没頭しているときです。周囲のことが何も気にならなくなり、描き進めるにつれて変化していく絵と自分自身のことだけに集中できる。その時間こそが、彼女にとって最も満ち足りた瞬間なのです。
現在、トゥライチクは〈Chromatic Counterpoint: The Polyphonic Canvas〉(色彩の対位法:多声のキャンバス)と題した、大がかりな連作に取り組んでいます。長年にわたって親しんできた音楽を、単に絵で再現するのではなく、独自の視覚表現へと発展させようという試みです。具象的な表現と、構成を重視した抽象表現を組み合わせ、音楽史に大きな影響を与えた作曲家たちの半抽象的な肖像に、楽譜や複数の言語で書かれた文章を重ねています。こうした手法で探ろうとしているのは、感情と知性がどのように結びつくのかという問いです。同時に、音楽そのものが持つ文化的、歴史的な重要性にも目を向けています。3点の抽象的な習作から始まった構想は、現在、連作の中心となる作品へと発展しています。学術的な探究と新たな表現への挑戦、そして自身の感情を、複雑に組み合わさる図像や記号を通して一枚の絵に結びつける。それが、この連作でトゥライチクが目指していることです。




