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「具象から抽象へと移ろうなかで、変わらないのは人間の身体に宿る美です。」

波間にひそむヴィジョン

アレックス・シャー(Alex Sher)の芸術的な歩みは、水のようにしなやかに形を変えながらその表現を育んできました。彼の作品は写真の枠を超え、観る者を未知の世界へと導きます。アメリカの写真家シャーは、水中写真を通して女性の身体がもつ官能性を探求し、現代美術の中で独自の地位を築いてきました。これまでに数々の賞を受け、その表現は高く評価されています。1962年、ウクライナのキーウに生まれ、1990年代初頭から作品を発表。1995年にアメリカへ移住したのち、水面下に広がる視覚的可能性に目を向けます。この転機を経て、具象と抽象を融合させた独自のスタイルを確立し、作品は写真でありながら絵画的な趣を放つようになりました。

2015年以降、シャーの水中作品は一層の注目を集め、国際的な評価を確立する転機となります。情感豊かで心に響く写真は、ロンドン、パリ、ニューヨーク、シカゴ、マイアミ、ロサンゼルス、サンフランシスコといった世界の主要都市で展示されました。中でもパリ・ルーヴル美術館での展示は特筆すべき成果であり、彼の作品が高い評価を受けていることを示すものです。2016年にはロサンゼルスのブルース・ルーリー・ギャラリーで初の個展を開き、美術界での地位を確かなものとしました。その後も7度にわたる個展に招かれ、国際的なアートフェアやグループ展に継続的に参加することで、彼の映像世界は一層の存在感を示しています。

シャーの活動はギャラリーの枠を超え、国際的な美術誌や書籍の誌面をも彩ってきました。これまでに13か国で81本の記事や論考に取り上げられています。2018年には初の写真集『Mermaids』を刊行。官能、美しさ、抽象が交錯する水中世界を精選し、彼の芸術哲学を一冊にまとめ上げました。女性像の固定的な表現に挑み、水中写真を感情と思想を宿す表現媒体へと押し広げたのです。プロジェクトを重ねるごとに、シャーは技法と感情を結びつけ、観る者を魅了し、時に揺さぶる作品を生み出し続けています。

アレックス・シャー:生命を美に変える写真家

写真への憧れの源は、祖母から語り聞かされた一つの物語にあります。ホロコーストで命を落とした名も知れぬ写真家が、まるで魔法のように美を写しとめていたという話でした。幼い頃からその物語を聞いて育ったシャーは、カメラが持つ変容の力に強く惹かれるようになります。やがて彼自身も、被写体の奥に潜む神秘的な美を引き出す写真家になりたいと願うようになり、光や水、視点が現実をいかに変えていくのかを探り続けてきました。

アーティストとしての歩みは、常に変化と探究の連続でした。各地を旅しながら技術を磨き、世界の息をのむ瞬間を収めてきた彼は、やがて水中美術写真へと大きく舵を切ります。それでも根底にあるのは変わらぬ問い――美をいかに純粋かつ神秘的に表すかという探究心です。水中で漂う被写体は重力から解き放たれ、その動きは水の流れと呼応し、夢幻のような姿を現します。水面に映る反射を巧みに操ることで、現実と幻想の境界を揺るがす構図を生み出しています。

シャーのレンズは、世界を美しく見せる力を宿しています。その表現はしばしばピカソやダリ、クリムト、ゴッホ、ゴヤ、ムンクといった巨匠たちに並び称されます。シュルレアリスムや表現主義、古典的肖像画の要素を織り込みながら、写真を単なる記録ではなく「視覚の詩」へと高めました。質感やコントラスト、構図を通して感情を呼び覚まし、人物の自然な優雅さから抽象的なゆがみの実験に至るまで、彼の作品は観る者に常に驚きと想像力を促しています。

水に刻む美のかたち

シャーの作風を際立たせているのは、水中写真に対する独特の視点です。水面に生まれる反射や揺らめきを積極的に取り込み、初期には具象的な作品を撮っていた彼は、近年ではより抽象的な表現へと広がりを見せています。ただし、中心に据え続けているのは変わらず「人間の身体の美」。水を表現の舞台であり同時に被写体そのものとして扱うことで、彼の写真は有機的でありながら現実離れした雰囲気を漂わせます。波紋は自然の筆致のように画面を彩り、作品はしばしば絵画を思わせる幻想的な光景へと変わります。

その創作には高度な技術だけでなく、モデルの身体にかかる負担をよく理解していることも不可欠です。通常の撮影とは異なり、水中では呼吸を抑えながら自在に体を動かさなければなりません。シャーは、自分の仕事以上にモデルの役割が苛酷であることをよく知っています。そのため、姿勢や呼吸の整え方、表情の作り方に至るまで独自の指導法を磨き、モデルが水中で自然に優雅さを表せるよう支えています。こうした徹底した取り組みによって、彼は水中美術写真の第一人者として広く知られる存在となりました。

転機のひとつとなったのが、コロナ禍のロックダウン中に生まれた『Surprise』です。『Reflections』シリーズの最初の作品となったこの写真を自宅で編集していたとき、水面の揺らぎによって被写体が絵画のように見えることに気づいたのです。その発見をきっかけに、彼は反射を意識的に操り、作品の視覚的な力をさらに強めていきました。不要な部分をあえて削ぎ落とすことで画面の絵画性を際立たせ、より抽象的な表現へと踏み出したのです。

アレックス・シャー:未来へのヴィジョン

シャーの創作は、完成した写真にとどまりません。彼の視線は常に未来へと向けられ、水中美術写真の可能性を広げ続けています。表現の限界を押し広げる情熱を原動力に、技術を磨き、作品の世界をさらに深めようとしているのです。次なる大きな計画は、『Reflections』シリーズに焦点を当てた写真集の出版です。抽象的な水中作品の歩みをまとめるとともに、その独自のスタイルを生み出す過程にも迫る一冊になるでしょう。

写真を主軸としながら油絵にも挑むなど、多彩な表現を試みてきたシャーですが、最も豊かな可能性を見つけたのはやはり水中の世界でした。水の自然なゆがみをあえて構図に取り込み、現実と幻想の境界に揺れるような作品を生み出してきたのです。そのイメージは写実と夢幻のあいだに漂い、私たちに親しみを感じさせながらも、どこか異質な美を示します。視覚の常識を覆すその力によって、彼は水中写真の新たな地平を切り拓く先駆者として認められています。

彼の作品は世界各地で高く評価され続けています。近年ではパリのカルーゼル・デュ・ルーヴル、ロサンゼルスのロス&テイラー・ギャラリー、ルクセンブルクのArt3fで展示され、多くの国際誌の表紙をも飾ってきました。次なる挑戦へと歩を進める今もなお、「水を美に変える写真家」としての存在感は揺るぎません。彼のレンズにとらえられた人間の姿は、儚さの中に永遠を宿し、写真という表現を新しい体験へと変えていくのです。

その他の写真: https://alexshergallery.com