「最終的に目指しているのは、ただ写真を見せることではなく、それを通して何かを体験してもらうことです。」
目に映るもの、その先へ
写真は、旅先や日々の出来事を残すために始める人も少なくありません。ドイツのドライアイヒを拠点とするアレクサンダー・ラウバー(Alexander Lauber)も、もともとは旅先で写真を撮ることから出発しました。法律の仕事を続けながら本格的に写真に取り組むうちに、彼の関心は、目の前の光景を記録することから、写真によって何を伝えられるのかへと広がっていきます。身近な風景や旅先での出会い、一瞬の出来事にも、ただ目にしただけでは気づかないものがある。ラウバーは、そうしたものを写真の中に捉えようとしてきました。場所や記憶、動き、その場に漂う雰囲気がどのように重なり合うのかを見つめながら、見る人にも、いつもの風景を少し違った目で見てほしいと考えています。一見しただけでは見えてこないものを見つけること。それが、彼の写真を形づくる大きなテーマとなっています。
ラウバーは専門的な美術教育を受けたのではなく、自ら試し、学びながら写真の表現を築いてきました。さまざまな方法を試し、既存の決まりにとらわれず、一枚の写真が見る人にどのような印象を与えるのかを考え続けてきたといいます。今も、決まった方法やルールに従うことより、その場で目にしたものや自分の感覚を大切にしています。被写体に応じて柔軟に撮り方を変えることで、常に新しい発見や表現の可能性を探っています。光や構図、シャッターを切る瞬間、その場の状況がどのように重なって一枚の写真になるのかを、一つひとつ確かめながら撮影していきます。偶然の発見を受け入れながらも、何をどう見せたいのかは意識している。その柔軟さと明確な意図の両方が、ラウバーの写真の特徴です。あらかじめ決めた型に当てはめるのではなく、自分の目で見たものを信じることで、計画した撮影でも、偶然出会った場面でも、その瞬間ならではの一枚を捉えています。
彼の写真に大きな影響を与えた経験の一つが、スポーツ撮影です。刻々と状況が変わる中で撮影することで、決定的な瞬間を見抜き、すぐに反応する力が磨かれていきました。スポーツの現場では、高い集中力に加え、次に何が起こるかを予測することや、確かな技術も求められます。そこで身につけた感覚は、現在の幅広い作品にも生かされています。風景や文化を題材にするときも、動きの激しい場面を撮るときも、ラウバーが大切にしているのは、どの瞬間にシャッターを切るか、そして画面の中にどのような緊張感を生み出すかということです。二度と訪れない一瞬を捉えなければならない写真がある一方で、じっくり待ち、観察を続けて初めて撮れる写真もあります。瞬時に判断する感覚と、時間をかけて待つ冷静さ。その両方を持ち合わせているからこそ、ラウバーは動きのある場面にも静かな風景にも、それぞれにふさわしい瞬間を見つけ出すことができます。
アレクサンダー・ラウバー:偶然を生かし、意図を込める
ラウバーの写真表現は、何か大きな出来事をきっかけに生まれたものではなく、長い時間をかけて選択を重ねる中で形づくられてきました。2012年頃から、それまで趣味として楽しんでいた写真に、より意識的に取り組むようになります。思い出を残すために撮るだけではなく、自分にとって意味のある一枚を求めるようになったことで、写真との向き合い方も大きく変わっていきました。目の前にあるものをそのまま写すのではなく、その場の雰囲気や感情、そこに感じた物語まで、どうすれば写真で伝えられるのかを考えるようになったのです。身の回りをよく見つめ、そこで感じたものを自分なりの形で写真に残す。その積み重ねが、現在まで続くラウバーの表現の土台となっています。
撮影の仕方も、被写体や状況によって大きく変わります。通り過ぎる一瞬に反応して、その場でシャッターを切ることもあれば、構図を考えながら長い時間待つこともあります。光や天候、見る位置、その場の雰囲気によって、写真が最も生きる瞬間は変わるからです。動きの速い場面では迷わず判断することが求められますが、風景を撮るときには、待つことで初めて現れる表情もあります。ラウバーは、そのどちらも自分の写真に欠かせないものとして受け入れています。その場で感じた勢いを逃さず捉えることと、時間をかけて画面を整えること。異なる二つの方法を使いながらも、作品には彼らしい一貫した視線が保たれています。
ラウバーの作品には、繰り返し登場する三つのテーマがあります。風景では、自然の美しさだけでなく、その場所が持つ奥行きや物語に目を向けます。スポーツやイベントでは、人の動きやエネルギー、その瞬間に表れる感情を捉えます。そして、彼が特に強い関心を寄せているのが、ミュージシャンのプリンス(Prince)を取り巻く文化です。題材はそれぞれ異なりますが、自然や人、感情、そして人々の記憶を写真を通して見つめるという点ではつながっています。どのテーマでも大切にしているのは、その場にある空気や物語を感じ取り、一枚の写真として伝えることです。目の前で起きたことを単に記録するのではなく、見る人にもその瞬間を感じてもらえるような作品にすること。それが、ラウバーが写真を通して目指しているものです。
旅と光、記憶がもたらすもの
旅は、ラウバーの制作にとって大切な要素の一つです。知らない土地を訪れるたびに、これまでとは違うものの見方に出会い、当たり前だと思っていた感覚を見直すきっかけが生まれます。場所を移動することで自然と周囲をよく見るようになり、そこから新たな発見や関心も広がっていきます。なかでもアメリカでの経験は、彼の作品に大きな影響を与えてきました。異なる文化や街の空気に触れることで、場所そのものが持つ意味や、そこをどう見るかということへの関心がさらに深まったといいます。旅を通して出会うのは、新しい風景だけではありません。見慣れない環境に身を置くことで、同じ出来事でも受け取り方が変わることがあります。そうした経験の積み重ねが、現在も変化を続けるラウバーの写真につながっています。
彼の作品を語るうえで、プリンス(Prince)の存在も欠かせません。ラウバーにとって、それは単に好きなミュージシャンというだけではありません。プリンスが築いた独自の美意識や、その人生や活動にゆかりのある場所は、今も継続的な着想源となっています。ラウバーは写真を通して、音楽や記憶、建築、その土地に刻まれた文化を捉えようとしています。時間がたっても、場所にはそこで生まれた記憶や感情が残ることがあります。彼はそうした痕跡に目を向けながら、作品や人物が残したものが、その場所にどのように残り続けるのかを探っています。場所に刻まれた記憶を写真によってもう一度浮かび上がらせることも、彼の作品に繰り返し現れるテーマです。
また、作品のきっかけになるのは、光の入り方や明暗の差、ふと目に留まった細部といった、日常の中の何気ないものです。劇的な場面だけを追うのではなく、普段なら見過ごしてしまうような瞬間にこそ、思いがけない魅力を見つけています。何気ない日常の光景でも、じっくり見れば心を動かすものが潜んでいる。ラウバーは、構図や周囲との関係を考えながら切り取ることで、見慣れたものに新しい意味を与えています。多くの人がそのまま通り過ぎてしまう瞬間に目を留めること。それによって、ありふれた風景が、少し立ち止まって見直したくなる一枚へと変わっていきます。
アレクサンダー・ラウバー:形に残せないものを記録する
ラウバーの作品の中でも、『Somewhere Here on Earth: A Journey to Paisley Park and into My Memories of Prince』は、とりわけ個人的な思いが込められた一冊です。一般的な写真集とは異なり、写真は限られた点数にとどめ、文章を中心に構成されています。プリンスの死後、ラウバーは彼の人生や創作にゆかりのある場所を実際に訪れました。それまで物語や写真を通して知っていた場所に自分の足で立つことで、それまでとは違った意味を感じるようになったといいます。この本では、そうした旅の体験をもとに、記憶や喪失感、プリンスへの思い、そして自分自身の中に残る感情をたどっています。長いあいだ思い描いてきた場所と、実際に訪れて感じたもの。その違いを確かめながら、自分自身の記憶だけでなく、プリンスという存在が人々の記憶の中にどのように残っているのかにも目を向けています。
この本で中心となるのは写真ではなく、言葉です。ラウバーは、旅先で感じたことや目にしたもの、人との出会いを短い文章に残しながら、特別な意味を持つ場所を訪れたときに生まれる感情を丁寧にたどっています。記憶は、はっきりと形にすることは難しくても、人の中に強く残り続けるものです。ラウバーは、ある場所がなぜ特別な意味を持つのか、そして個人的な記憶が、多くの人に共有される物語とどのように重なっていくのかを見つめています。文章と写真を組み合わせることで、かつて遠くから思い描いていた場所を実際に訪れること、失われたものを思い返すこと、そして記憶の中にあったものと現実の場所が重なる瞬間を、読者にも追体験してもらおうとしています。写真だけにこだわらず、伝えたい内容に応じて表現の方法を広げていることも、この作品の大きな特徴です。
こうした「写真を見せるだけでなく、何かを体験してもらいたい」という考えは、これからの活動にもつながっています。2027年には、この本に新たな写真を加えた改訂・増補版を刊行し、英語版も発表する予定です。そのほかにも、新たな旅や展覧会、プリンスから着想を得たクリエイティブなトレーディングカードの企画を進めています。また、写真だけにとどまらず、音楽や物語を組み合わせた表現にも関心を広げています。写真でも文章でも、あるいは複数の表現を組み合わせた作品でも、ラウバーが目指していることは変わりません。見る人を作品の世界へと招き入れ、それぞれの記憶や感じ方と重ねながら、心に残る体験をつくることです。




