「アーティストになる、というより、創りたいという衝動は生まれながらに備わっているものだと思います。」
現代社会を映す金色の鏡
メルボルンを拠点に活動するアーティスト、キャサリン・コーディー。コーディー(COADY)の名で知られる彼女は、現代社会が放つ抗いがたい魅力と、その奥に潜む矛盾へと静かに視線を向けてきました。絵画、彫刻、インスタレーションなど多様な手法を用いながら、消費文化の記憶やノスタルジー、さらには医薬品的な美意識によって形づくられる「管理された完璧さ」を問い続けています。現代アートが時代の不安や緊張を映し出す鏡となりつつある今、コーディーの作品は、コントロールを求める社会がその内側に抱え込む脆さを静かに浮かび上がらせます。
彼女の芸術的なまなざしは、異なる文化のなかで育まれた経験によって形づくられました。幼少期を過ごしたシンガポールでは、儀礼に彩られた華やぎと強い感覚的刺激が深く記憶に刻まれています。鮮烈な色彩や精緻な装飾、そして金が帯びる象徴性は、彼女の視覚感覚の核となっていきました。この体験は、表層の美しさや儀式性、さらには感情を覆い隠す行為そのものへの関心へとつながっていきます。やがて十代でオーストラリアに戻ると、1970年代から80年代の消費文化が残した、きらびやかな理想に満ちた社会の空気のなかで日々を送ることになります。とりわけ彼女の意識に強く残ったのは、医薬品が生活の一部として受け入れられていく感覚や、女性に向けて巧みに設計された広告の語り口でした。崇拝と抑圧、超越と毒性。そうした相反する感覚の重なりが、後の制作を支える土台となっていきます。
こうした二つの影響は、現在では彼女を象徴するピルの彫刻と重層的な絵画として結実しています。コーディーにとってピルは単なる物質ではなく、現代を映し出す象徴的なかたちです。それは、自己投薬という行為がコントロールであると同時に、どこか身を委ねるような感覚を伴うものでもあるという逆説を体現しています。彼女の作品はカプセルの美しさを装飾的に提示するのではなく、その背後にある文化的な意味へと視線を導きます。平静を保とうとする欲望、感情を鈍らせる選択、そして現代的な解決策に潜む精神的な空白。美しさと批評を交差させるインスタレーションやシリーズを通じて、私たちが何を消費しているのかだけでなく、なぜ人工的に整えられた安心感に拠りどころを見出してしまうのかを静かに問いかけているのです。
COADY:風刺と静けさをかたちにする
コーディーにとって芸術は、あとから習得する技術ではなく、もともと内側に備わっている感覚だといいます。創りたいという衝動は、ものの見方や感じ方と結びついた本能的な営みとして存在してきました。だからこそ難しいのは、新しい表現を見つけることよりも、外からの期待や時間の流れのなかでその感覚を見失わずにい続けることなのです。流行や目新しさを追い求めるのではなく、素材やメタファーをめぐる個人的な探究を少しずつ深めていく。現在の制作は、ピルの彫刻と絵画を中心に展開されています。精密に構成されたかたちのなかに、言葉にならない感情を滲ませていくための表現です。その結果として生まれる作品には、可笑しみと切実さ、批評性と静かなまなざしが同時に息づいています。
制作は直感に導かれながらも、明確な組み立てのもとで進められています。ピルの彫刻には強い集中力と精密な工程が求められるため、制作にはまとまった時間を確保する必要があります。一方で絵画に向き合う時間はより即興的で、新しい発想が芽生える契機にもなります。計画された時間と、ふと立ち上がる衝動。その往復のなかでコーディーの制作は独自のリズムを育んできました。必要と感じれば制作の途中であっても新しい試みに踏み出すことをためらいません。この柔軟さは、芸術とは反復ではなく響き合いであるという彼女の考えをよく表しています。それぞれのプロジェクトは結論ではなく、一つの章として次へと連なっていくのです。
影響源として彼女が挙げるのがジュリアン・シュナーベルです。スケールや素材、概念に対して臆することなく向き合う姿勢は、自ら表現の幅を限定しないという信念として深く共鳴しています。また個々の作家だけでなく、社会の動きや新しいテクノロジー、人々の行動の変化からも刺激を受けています。時代の変化に対して、彼女は声を荒げて批評するわけでも、距離を置いて見つめるわけでもありません。ただそこに漂う感情を、静かにかたちへと変えていきます。ときに皮肉をにじませながら、ときに祈るような静けさを帯びて。私たちが完璧さを求めるなかで、いつのまにか当然のものとして受け入れてきた価値観を、静かに問い返しているのです。
形に焼きついた記憶
コーディーの作品のなかでも、『Give Me a Home Amongst the Gum Trees』はとりわけ重要な作品の一つです。個人的な記憶と国家的なトラウマを重ね合わせたこのインスタレーションは、オーストラリアで甚大な被害をもたらした山火事のさなかに制作されました。幼い頃から親しんできた歌の一節を手がかりにしながら、喪失と回復をめぐる感覚をかたちにしています。ピルの彫刻のみで構成された空間には、その楽曲の印象的なフレーズが文字として綴られ、やがて焼け焦げたカプセルの列へと変化していきます。その焦げ跡は、環境危機の記憶を、癒やしや生き延びるという感覚へとつなげる視覚的な象徴として作品に刻まれています。
この作品は単なる郷愁にとどまりません。悲劇を帯びたノスタルジーとして立ち現れ、アイデンティティと環境がどれほど密接に結びついているかを観る者に思い出させます。強い主題に対してピルという素材を選んだことで、人工的な安らぎと自然災害との距離の近さが浮かび上がります。本来はコントロールの象徴であるはずのピルが、ここでは自然の力の前で無力なものとして現れます。それでも整然と並べられた構成には、混乱のなかで何かを守ろうとする意思がにじんでいます。封じ込めようとする力と崩れ去る現実。そのあいだに生まれる緊張が、この作品に忘れがたい余韻を与えています。
さらにこの作品は、表層に宿る物語への彼女の関心を端的に示しています。一つひとつのカプセルや焼け跡は、美しさの奥にある経験へと視線を導く手がかりです。トラウマを美化することも抽象化することもなく、感情を素材として定着させることで、観る者に記憶や喪失、文化的な帰属との関係を問いかけます。その意味でこの作品は単なるオマージュではなく、鏡のような役割を果たしています。火と歌の双方によって形づくられた風景のなかに生きるとはどういうことなのか。その問いを静かに差し出しているのです。
Give me a home among the gumtrees
With lots of plum trees
A sheep or two, a k-kangaroo
A clothesline out the back
Verandah out the front
And an old rocking chair
COADY:執着、美学、そして反復の芸術
ピルの彫刻には高い技術と集中力が求められます。そのため彼女は制作の時間を丁寧に組み立てながら日々の制作を進めています。精緻な工程を必要とするこれらの作品に向き合うため、彼女は絵画と彫刻の制作期間を明確に分けています。こうしたリズムは創作の輪郭を保つだけでなく、それぞれの表現に十分な深まりをもたらしています。同時に、その流れのなかでふと訪れる直感的なひらめきにも開かれており、それが次のプロジェクトの出発点になることも少なくありません。精密さと即興性という二つの感覚が、規律を保ちながらも広がりのある制作を支えています。
現在コーディーは、ヨーロッパでの発表を控えた二つの新シリーズに取り組んでおり、いずれも絵画を軸に展開される予定です。彫刻制作が伴わないことで、制作は同時に進められています。その一つ『Beyond the Surface』では、ピルの彫刻と絵画的要素を組み合わせることで、彼女の主要な二つの表現が一つの画面のなかで響き合います。このシリーズでは、形と質感を重ねることで画面に奥行きを立ち上げていきます。同時に、美しさやコントロールが消費されていく感覚そのものも、作品のなかで静かに浮かび上がってきます。
スタジオでの制作と並行して、コーディーはこれまでの10年にわたる活動をまとめた限定出版物の準備も進めています。マネージャーとの協働によって制作されるこの書籍は、展覧会や制作過程、表現の変化をたどる内容になる予定です。それは単なる回顧ではなく、これまでの歩みを見つめながら、これからの展開へ向けて感覚を整えていくための「生きた記録」として構想されています。変化とコントロールのあいだに常に意識を向けてきた彼女にとって、この振り返りの時間は立ち止まることではなく、新たな制作へと向かうための準備でもあります。芸術が時代を映し出し、思考を促し、見慣れたものを揺さぶる力を持つという彼女の姿勢は、ここにも静かに表れています。




