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「私の作品は、まるで自分の子どものようなものです。私を通ってこの世に現れ、やがて手を離れていくのです。」

生涯にわたる視覚表現への目覚め

アンゲレ・シモリューニエネ(Angelė Šimoliūnienė)にとって、描くことは幼い頃からごく自然なことでした。リトアニアに生まれた彼女は、言葉よりも先に、かたちや色を通して世界と向き合ってきました。絵を描くことは単なる遊びではなく、自分の内側と外の世界を結ぶ、もうひとつの言葉だったのです。日々の暮らしの中で一時的に筆を置くことがあっても、その衝動が消えることはありませんでした。むしろ内側で静かに生き続け、ものの見方や感受性を少しずつ育てていきました。こうして育まれた感覚は、やがて学びや思索、人生経験と結びつき、絵画を「習得した技術」ではなく「呼び戻されたもの」として捉える土台となっていきます。

彼女の歩みは、まず教育の現場から始まります。リトアニア語と文学を教える教師として過ごした時間は、物語の構造や、象徴を読み解く感覚、言葉の奥に潜む意味へのまなざしを深めるものとなりました。その経験は後に、視覚表現の中にも静かに息づいていきます。さらに教職に就きながら音楽アカデミーに進み、演出を学んだことも大きな転機となりました。構成やリズム、緊張と緩和のバランスといった舞台の要素は、のちに彼女の絵画において、観る者の視線や感情を導く力へと変わっていきます。

その後も彼女の探究はとどまることなく広がり続けました。西洋と東洋の思想に基づく心理学をはじめ、医学、遺伝学、アートセラピー、神経教育学、美術史に至るまで、分野を越えて学びを深めていきます。これらは彼女の中でばらばらに存在するのではなく、互いに結びつきながらひとつの感覚として統合されていきました。人間の意識や感情、そして精神のあり方を見つめるための、確かな軸となっていったのです。約11年前、長いブランクを経て再び絵画へと向き合ったとき、彼女は以前とはまったく異なる深さをまとっていました。キャンバスは、知識と経験、そして内なる感覚が交わる場となり、そこから彼女独自の表現が静かに立ち上がっていきます。

アンゲレ・シモリューニエネ:エネルギーと思考が流れ込む絵画

シモリューニエネの制作の核にあるのは、「絵は考えて描くものではなく、流れに導かれて現れるものだ」という感覚です。あらかじめ完成像を思い描くことはありません。代わりに、身体の内側からふと合図のようなものが訪れるのを待ちます。とりわけ手に現れる微かな感覚がきっかけとなり、その瞬間、迷うことなく描き始めます。制作が進むにつれて、意識でコントロールしようとする感覚が薄れ、無意識の動きに身を委ねていきます。色やかたちは自然と立ち上がり、画面は「つくる」ものではなく「現れてくる」ものへと変わっていきます。完成した作品には、そのときの感覚や流れが、そのまま息づいています。

彼女の作品には、目に見えるものだけが現実ではないという確信が通底しています。人は常に、目には見えない力のなかで生きており、それらと影響し合いながら日々を重ねている——彼女はそう捉えています。前向きな意識は自らを守る場をつくり、反対に、否定的な思考は負の流れを呼び込んでしまいます。こうした感覚はそのまま作品にも滲み込み、絵は単なるイメージではなく、内面と現実の関係を映し出すものとなります。彼女は鑑賞者に対し、少し距離をとって作品を見ることを勧めています。近くで細部を追うのではなく、全体に流れる気配を感じ取ることで、より直感的に作品と向き合うことができるのです。

この11年間、主に紙にアクリルで描くスタイルで、およそ600点の作品が生み出されてきました。制作中、彼女は画面をじっと見つめることはほとんどありません。手の動きに身を任せ、感覚に導かれるまま描き進めていきます。そして描き終えたあと、はじめてそこに現れたものと向き合います。作品は出来不出来で測るものではなく、読み解かれるべき「メッセージ」として立ち現れます。彼女を通って現れたそれらは、やがて手を離れ、それぞれのかたちで世界へと歩み出していきます。まるで巣立っていく子どものように。意味は、作家と作品、そして鑑賞者のあいだを行き来しながら、少しずつ輪郭を帯びていきます。

キャンバスに映し出される精神の二面性と人間の姿

シモリューニエネの作品に繰り返し立ち現れるのが、「二面性」という感覚です。とりわけ善と悪という相反する気配が、人の生にどのように影を落としているのか。その感覚は、色彩の関係や構成の流れ、象徴的なかたちとして画面に現れます。明るく広がる領域と、密度を帯びた抑えられた領域がぶつかり合い、そこに緊張が生まれます。その均衡はどこか不安定で、簡単に答えへと収束することはありません。私たちが日々の思考や選択の中で揺れ動く、そのあり方そのものが映し出されています。意識を向けること、それ自体が身を守る力になる。そんな感覚が、画面の底に流れています。

心理学や哲学への関心も、この探求の背景にあります。サード・ミレニアム心理学をはじめ、東洋思想や医学、神経教育学にわたる長年の学びは、人の意識の働きに対する理解を深めてきました。ただ、それらが前面に出ることはありません。ことさらに語られることなく、画面の中ににじんでいます。そこに現れる象徴はひとつに定まらず、観る人それぞれの経験によって異なる意味を帯びていきます。結論を示すのではなく、作品と向き合う時間の中で、自然と自分の内側へと意識が向かっていきます。

その姿勢を象徴する作品のひとつが『ヒューマン・ライフ』です。制作時には特別な意図を持たずに描かれたこの作品は、完成後になって初めて、亡き夫の人生を幼少期からたどる肖像であることが明らかになりました。そのことに気づいたのは、完成したあとでした。無意識の導きの深さを示す出来事でもあります。この作品は「ワールド・アート・アトラス」に選出され、国際的にも高い評価を受けました。しかし彼女にとっての意味は、それだけではありません。科学者であり医学博士でもあった夫の存在を、もう一度この世界に留めるためのものでもありました。個人的な記憶と、誰にでも通じる時間の流れとが、ひとつの画面の中で静かに重なり合っています。

広がり続ける軌跡

シモリューニエネの活動の広がりは、数多くの展示と国際的な評価によって裏打ちされています。リトアニア国内では65回の個展を開催し、海外でも67のギャラリーや展覧会に参加してきました。さらに41冊のカタログや書籍、雑誌に作品が掲載され、その存在は着実に知られるようになってきました。国際的なコンペティションにおいても、これまでに23の賞を受賞しており、長い時間をかけて培われてきた表現の強度が、こうしたかたちで評価されています。

彼女の活動は絵画にとどまりません。演出家としての仕事では、リトアニア文化省からメダルを授与されるなど、その功績が認められてきました。また教育活動や人々への支援については、聖オルガ公女勲章が贈られています。教えること、演出すること、そして描くこと——それらはすべて、彼女の中でひとつにつながっています。学び続け、その経験を分かち合うこと。それ自体が、彼女の歩みの核となっています。絵画もまた、何かを教えるためではなく、気づきを促すための表現なのです。

彼女の作品は、出会う者の精神や思考の成長に静かに関わりながら、直感を呼び覚まし、思索を促し、意識を少しずつひらいていきます。そして、自分自身や、この世界に広がる目に見えない層への理解へと導いていきます。内なる世界や無意識の衝動、さらにリトアニアの芸術家ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニスとの精神的な共鳴を背景に、彼女は独自の表現をかたちづくり続けています。幼い頃、はじめてその手を導いたあの感覚は今も途切れることなく、新たな作品へと受け継がれていきます。