Skip to main content

「アートは余計な言葉を必要とせず、自ら語りかけるものであるべき——それが私の信念であり、その想いが作品にも現れていれば嬉しいです。」

北からの眼差し:創造の原点

スウェーデン北部、ウメオの町で生まれ育ったステファン・フランソン(Stefan Fransson)は、幼い頃から光と季節の移ろいに強く惹かれてきました。長く暗い冬と、夜でも明るい夏との対比は、色彩や空間、そして空気感に対する彼の感覚を育んだのです。多くの人が冬をモノトーンの世界と捉える中で、フランソンは雪に映る豊かな色彩の変化に心を奪われました。空の状態によって刻一刻と変わる光が、雪に繊細な表情を与えていたのです。この光への鋭い感受性が、彼の創作における核となり、やがて絵画やドローイングの枠を超えて、立体表現の世界へと関心を広げていきます。

芸術への関心は幼少期から芽生えており、スケッチや絵を描くことに熱中していました。成長と共に、素材に直接触れて形をつくるという触覚的な体験に魅了され、彫刻への関心が次第に高まっていきます。空間と形の関係を手で感じながら構成できることに、新たな表現の可能性を見出したのです。こうして平面と立体の表現を行き来する彼の創作スタイルが芽生えていきます。しかし、アーティストとしての道を本格的に志すきっかけとなったのは、学生時代のある出来事でした。

作品の力をいち早く認めてくれた教師との出会いが、フランソンにとって大きな転機となりました。その教師は彼に、校内の廊下で作品を展示するよう勧めたのです。さらに、学内新聞で作品が紹介されたことで、「本気でアートの道を進みたい」という思いが揺るぎないものとなりました。地元の美術学校に進学した彼は、優れた指導者たちと出会い、ロンドンへの研修旅行の機会も得ます。ロンドンの都市が放つ芸術的エネルギーに圧倒されたフランソンは、その地で学びを続けたいと考えるようになり、現地の美術学校へ出願。彫刻を専攻して2年間を過ごした後、スウェーデンへ戻り、ストックホルムの王立美術アカデミーに入学します。そこでの5年間で、彼は技術と表現力を磨き、修士号を取得。こうして、彼の創作人生を支える確かな土台が築かれていきました。

ステファン・フランソン:スタイルと感覚の融合

フランソンの作品は、ひとつのスタイルに簡単には当てはまりません。明確な枠組みに従うよりも、むしろ直感に従って手を動かすことを大切にしています。その表現には、抽象表現主義やシュルレアリスムなど、さまざまな影響がにじみ出ており、特定の流派に縛られない自由な姿勢が感じられます。彼が最も重視しているのは、自分自身にとっての「誠実さ」です。あらかじめテーマを決めて取り組むというよりは、そのときどきの感覚を正直に形にすることを目指しています。完成して初めて、作品の中に物語が浮かび上がることも多く、意味やテーマは意図からではなく、制作の過程で自然に立ち現れてくるのです。

彼の作品に繰り返し現れるモチーフのひとつが「風景」です。それは目に見える自然の風景であると同時に、内面の感情や記憶のような、心の風景でもあります。フランソンはこの二つの世界を重ね合わせ、抽象化された空間として表現します。見る人にとっては、どこか懐かしくもあり、どこか曖昧でとらえどころのない、不思議な風景が立ち上がります。この考え方は彫刻にも通じており、彼にとって立体作品とは「空間に描くドローイング」のようなものです。ごく限られた道具で制作された彫刻は、スケッチのような即興性と動きを持ち、まるで線がそのまま三次元の形になったかのようです。飾らず、率直な制作アプローチによって、静かな形の中に、流動的なエネルギーが宿っています。

制作の場も、彼にとって重要な意味を持ちます。ストックホルム郊外に構えたスタジオは、静けさと簡素さに包まれ、素材に深く集中できる環境です。使う道具は必要最小限。素材との距離を限りなく近づけ、原始的ともいえる感覚で形と向き合っています。彫刻に限らず、デジタルとアナログの手法を組み合わせた実験的な試みにおいても、その姿勢は変わりません。視覚の言語は、言葉や文字に頼らずとも、直接的に伝わるべきもの——その信念を、彼は一貫して作品に込めているのです。

創作の精神:フロー、影響、そして革新

フランソンにとって、創作はただの作業ではなく、意識がすっと深いところへと沈んでいくような、特別な時間です。いわゆる「フロー」と呼ばれる状態に入ると、時間の流れも周囲の気配も忘れ、目の前の素材と自分だけが残ります。その集中の深さは、周囲の人々も理解しており、近隣の住民さえも彼の制作の時間を静かに見守っています。彫刻に向き合う郊外のスタジオは、そうした集中を支える静けさと孤独を備えた場所。一方、ストックホルムのアパートは、全く異なる創作の場となっています。そこではコンピューターを使って、写真を基にしたプロジェクトやデジタル技術による表現を探っています。旅先でも日常の中でも、彼はいつもカメラを手に、目に留まった風景や断片を記録しています。それらはやがて、作品の中で静かに形を変えていきます。

彼に影響を与えたアーティストとして、パブロ・ピカソ、アルベルト・ジャコメッティ、アントニー・ゴームリー、そしてスウェーデンの芸術家カート・アスカーの名が挙がります。いずれも、言葉に頼ることなく、形や構成だけで強く語りかける力を持つ作家たちです。フランソン自身もまた、「作品は説明を必要とせず、観る人に直接語りかけるべきだ」という信念を持ち続けてきました。なかでもアスカーのある試みは、彼の心に強く残っています。アスカーは空そのものを展示空間と見立て、幾何学的な模様を描いた凧を空に放ちました。目に見えない空気をキャンバスに変え、形あるものを浮かべるという行為は、空間の概念や知覚そのものを揺さぶるものであり、フランソンの創作にも通じる思想が宿っています。

技術や素材に対する好奇心も、彼の創作を支える大きな原動力です。近年は、デジタルと手作業を組み合わせた表現に取り組んでおり、その中で常に新しい手法を模索しています。たとえば、デジタルで構成したコラージュを紙に出力し、それを切り刻み、さらに手で描き加えるという方法です。デジタルの精密さと、アナログの即興性が交差することで、技法やジャンルの境界を軽やかに越える表現が生まれます。そこに広がるのは、幾層にも重なる新鮮な視覚の世界です。

ステファン・フランソン:広がり続ける創作の世界

発表の準備が整った作品を数多く抱えながら、ステファン・フランソンはいま、それらを届けるためにふさわしい場を探しています。彼のデジタル作品はすでに国際的なアートフェアで紹介され、幅広い観客の目に触れていますが、今後はコラージュ作品──デジタルとアナログの両方──も積極的に発表していきたいと考えています。作品のもつ繊細さや奥行きがしっかりと伝わる空間でこそ、真の魅力が体験できると信じており、その世界観に共鳴する展示の形を模索しているのです。

彼の創作の旅はヨーロッパ各地へと広がってきました。ノートパソコン一台を手に移動しながら制作を続けたこともあり、その経験は、場所に縛られない自由な感覚を育んでいます。デジタルという手段は、どこにいても表現を形にできる柔軟さを与えてくれる大切な道具です。いまも彼は、テクノロジーと伝統的な技法を融合させる新しい方法を探り続け、作品を常に動的で進化し続けるものにしています。

展示活動だけでなく、フランソンは日々の創作を通じて、アートの現在をめぐる広い対話にも関心を寄せています。古典から現代まで、さまざまな作家の仕事に目を向けながら、そこから得た刺激を自分の表現へとつなげています。彫刻、絵画、写真、デジタルメディア──どの手法であっても、彼が一貫して大切にしているのは、「かたちで語る」という姿勢です。言葉に頼らず、視覚の力で心に届く作品をつくりたい。その思いこそが、彼の創作の核であり、これからも変わることのない原動力なのです。