「女性はみな大地の一部であり、自然とのつながりから多くを受け取ることができる。私はそう信じています。」
大地と精神に根ざしたまなざし
リンダ・バレホ(Linda Vallejo)の作品には、文化的なアイデンティティや精神性、人と自然との深いつながりが一貫して描かれてきました。50年以上にわたり、彼女は先住民族の知恵やエコフェミニズムの視点、チカーナ(メキシコ系アメリカ人女性)としての自己認識を通じて、現代アートの可能性を問い続けています。バレホが手がけるのは、ただの視覚表現ではありません。そこには、過去を見つめ、いまを問い直そうとする姿勢があります。。ロサンゼルスのparrasch heijnenが代表を務めるヴァレホは、単に視覚的なコンポジションを制作するだけでなく、過去に敬意を払いながら現在に批判的に関わる物語を構築している。
彼女の根底には、「女性は大地と結びついた存在である」という考えがあります。自然の中に力や知恵、そして癒やしを見出すこの視点は、1970年代の初期作品にもすでに表れていました。バレホは当時、メソアメリカの文化や儀式に着想を得て、版画や拾い集めた素材を使った立体作品を制作しています。古代のピラミッドを思わせるその造形には、精神的な重みと構造の力強さが込められていました。こうした作品を通して、彼女は古代と現代を結びつけ、自らのルーツを見つめ直す表現を始めたのです。
ヴァレホの作品は、物質的な探求にとどまらず、個人的・集団的な記憶のための導管でもある。特に1977年にダンザンテのグループ、フローレス・デ・アストランに参加して以来、先住民の儀式に関わるようになり、芸術表現を通して祖先の知識を尊重するという彼女の姿勢はさらに強固なものとなった。アステカとマヤの儀式に没頭し、文化遺産がいかにアイデンティティを形成するかについて深い理解を深めた。1977年に発表した作品『Mi Cultura』は、この変容を凝縮したもので、トウモロコシや太陽といったアステカのシンボルを用いて、肉体が過去と未来の世代をつなぐ架け橋となる生命の循環的な性質を表現している。
リンダ・バレホ:自然、アイデンティティ、そして彫刻というかたち
バレホにとって自然界は、表現の対象であると同時に、その素材でもあります。それが最も明確に表れているのが、1980年から1990年にかけて制作された『ツリー・ピープル』シリーズです。彼女はこのシリーズで、彫刻というかたちを通して、人間と自然の関係をあらためて捉え直そうと試みました。ロサンゼルスで拾い集めた木片を用いて、バレホは捨てられた有機物に新たな命を吹き込み、人間と樹木の境界が溶け合う存在を生み出しました。それは「人間が自然の一部であるという事実を受け入れたら、世界はどう変わるのか?」という根源的な問いかけでもあります。
この考えを象徴するのが、1990年の作品『エル・パカル』です。木からすっと現れるような半透明の人物像は、輪郭があいまいでありながらもどこか神秘的で、静かに空を見上げ、宇宙と対話しているかのようです。使われているのは、廃材となった木片と、再生紙を混ぜた素材。木を神聖な存在として捉える先住民の伝統が思い起こされます。バレホにとって彫刻とは、そうした精神性を現代に取り戻す行為でもあるのです。自然への畏敬の念が失われつつある今、彼女の作品はその大切さを改めて思い出させてくれます。
彼女の素材に対する感覚は、木に限ったものではありません。キャリアを通じて、バレホはさまざまな素材を使い分けてきました。陶器、絵画、ミクストメディア──その選択は常に「何を伝えるか」によって決まります。素材の特性に耳を傾けながら、直感的に手を動かすその制作スタイルには、過去と現在をつなぎ、文化の物語を紡ごうとする姿勢が貫かれています。伝統と現代性、その両方の間を自在に行き来できる柔軟さこそ、バレホの表現を支える大きな力となっているのです。
宇宙とデジタルの時代に向き合う
1990年代に入ると、バレホの関心は宇宙へと広がっていきます。『ロス・シエロス』(1995~2008年)は、そんな内面的な変化を映し出すシリーズです。作品には、女性の姿が夜空や星々の中に溶け込むように描かれており、私たちがこの広大な宇宙の中でどこに位置づけられるのか、静かに問いかけています。たとえば『ソリタリー・クラウド I』(2007年)では、鮮やかな色彩とやわらかなかたちが交差し、どこか儚く、それでいて力強い精神の存在を感じさせます。バレホは、命や記憶、そして目に見えないものとのつながりを、詩的な風景の中に託しているのです。
一方で、テクノロジーが社会のあり方を急速に変えていく中で、バレホの作品もまた、新たなテーマへと展開していきます。現在も続くシリーズ『セルフ・ノーイング・イン・ザ・ニュー・エイジ』(2023年~)では、ピクセル化された抽象表現を通して、テクノロジーとともに生きる私たちの心理を描き出しています。ここでは、人と人との距離や、自分自身とのつながりが、デジタルの介在によってどう変わってしまったのかという問いが込められています。この視点は、アメリカのラティーノ人口に関する統計データを視覚化した『ブラウン・ドット・プロジェクト』にも通じており、社会の現実をアートに落とし込む彼女の姿勢が一貫して見てとれます。
2024年の新作『リフレクション・オン・イモータリティ』では、そうしたテーマがさらに掘り下げられています。デジタル文化は「永遠」であるかのような感覚を私たちに与えますが、バレホは、本当の意味での永続性は、自然の営みや、世代を超えて伝えられてきた知恵の中にあるのではないかと問いかけます。現代社会の不安と、先人たちの知恵や文化を対比させながら、彼女はアートを通じて、いま私たちが何を見失い、何を取り戻すべきかを静かに示しているのです。
リンダ・バレホ:文化と政治をめぐるアート
リンダ・バレホは、キャリアを通じてアートを社会や政治と深く結びつけてきました。チカーナとしての視点、そして先住民族の精神文化は、彼女の作品の根幹を成しています。1970年代半ばには、ロサンゼルス東部のラティーノ・コミュニティで活動する「セルフ・ヘルプ・グラフィックス」の移動型アートスタジオで教育に携わり、地域の若者たちに創作の場を提供しました。この経験を通じて、アートには抑圧された声をすくい上げ、文化を守り伝える力があることを実感したといいます。
その後に展開された『メイク・エム・オール・メキシカン』シリーズでは、歴史上の人物やポップカルチャーのキャラクターを茶色い肌にするという視覚的な介入によって、アメリカ社会におけるラティーノの存在がいかに歴史から排除されてきたかを問い直しました。ユーモアと皮肉を織り交ぜながら、アイデンティティや表象にまつわる問題を鋭く浮かび上がらせるこのシリーズは、彼女の社会批評としての側面をよく表しています。後に手がけた『ブラウン・ドット・プロジェクト』にもつながる重要な転機となりました。
現在手がけている彫刻シリーズ『ザ・ニュー・ゴッズ』では、古代の祭祀用香炉を思わせる造形と、現代の政治的・宗教的・文化的な象徴を組み合わせています。古代と現代の信仰や思想が交差する構成を通して、権力の構造やその持続性、そして歴史が現在の価値観にどう影響を及ぼしているかを問いかけています。バレホの作品には常に、過去と現在をつなぎながら、伝統を受け継ぐと同時に、それを問い直すまなざしが込められています。