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「私の絵画制作のプロセスは、科学の研究に似ています。まず着想から始め、試行を重ね、そして(いちばん大切なのは!)結果に執着しないことです。」

見えないものの地図を描く人

サラ・マッケンジー(Sara McKenzie)にとって、絵を描くことは何かを描き写す行為というより、まだ見ぬものを見つけていく過程です。彼女のキャリアの背景には、バイオテクノロジーと視覚芸術という二つの領域があります。一見すると離れた分野ですが、彼女の創作の中では自然につながっています。科学実験の現場で四十年にわたり仕事を続けてきた経験は、制作の進め方にも大きく影響しています。しかしその理性的な枠組みは、直感や感情、そして素材とのやり取りの中で、少しずつ姿を変えていきます。2014年からニューメキシコ州サンタフェを拠点とするマッケンジーは、現在は抽象絵画に専念し、自身の内面や周囲の環境と向き合いながら制作を続けています。2023年に公の場で作品を発表して以来、活動の場は急速に広がり、現在ではアメリカ各地やヨーロッパの展覧会でも作品が紹介されています。

マッケンジーの表現は、これまで暮らしてきた土地の経験とも深く結びついています。ネブラスカに生まれ、南カリフォルニアとマサチューセッツで育った彼女は、海辺の風景と広大な平原という対照的な環境の中で幼少期を過ごしました。幼いころから好奇心が強く、手を動かしながら素材に触れることを楽しんでいました。その一方で、データと設計を基盤とする分野でキャリアを築いていきます。芸術家と科学者という二つの側面は、彼女の中で切り離されていたわけではありません。科学の仕事には創造的な発想が求められ、芸術には構造が必要だったのです。仮説を立て、結果を観察し、そこから次の手を探る。そうした実験の積み重ねの考え方は、やがてキャンバスへの向き合い方にも影響を与えました。彼女の画面は、あらかじめ細かく計画されているわけではありません。制作を進める中で少しずつ姿を現し、次に何が必要なのかを画面そのものが示していきます。

長くものづくりを続けてきたマッケンジーですが、自らを「アーティスト」と呼ぶようになったのは、ごく最近のことです。サンタフェのアーティストコミュニティに関わり、経験豊かな画家たちのもとで学ぶうちに、自身の作品を公の場で発表する自信が育っていきました。2022年の終わり、地元のキュレーターからの励ましをきっかけに制作の方向性を見直し、より大きなキャンバスに取り組み、2023年の個展に向けた準備を進めました。この出来事は、個人的な制作からプロフェッショナルな発表へと踏み出す大きな転機となります。その後はウェブサイトとインスタグラムを通じて活動を広げ、ヨーロッパ各地のギャラリーから展示の招待を受けるようになりました。彼女の表現は、静かに、しかし確実に広がり始めています。

サラ・マッケンジー
Countepoint

サラ・マッケンジー:プロセスそのものを主題にする絵画

マッケンジーは自身を「プロセス・ペインター」と呼びます。この言葉には、科学者としての姿勢と画家としての考え方の両方が表れています。制作はひとつの着想から始まりますが、それに縛られることはありません。アクリル絵具、コラージュ素材、パステルを重ねながら段階的に画面をつくり上げていき、ときには重ねた部分を思いきって取り除くこともあります。最初から完成像を決めて進めるのではなく、重ねられた層が次の展開を導いていきます。彼女はときどき手を止めて画面から距離を取り、観察し、問いかけ、そして応えていきます。こうして制作は、意図と偶然が交わる対話のように進んでいきます。未知の要素を避けるのではなく、むしろ受け入れていくのです。作品がどのような姿になるのかが見えてくるまで、何か月もかかることもあります。

この制作の進め方には、彼女が科学の世界で培ってきた思考がはっきりと表れています。一枚の絵はひとつの実験のようなものです。好奇心に導かれ、観察と分析を重ねながら進み、完成した姿に思いがけない驚きを覚えることも少なくありません。対象を描く画家とは異なり、マッケンジーは特定のモチーフから制作を始めることはありません。出発点となるのは感覚や反応です。自身の内面の変化に耳を澄ませながら、同時に自然界から受け取る膨大な視覚的・感情的な刺激にも向き合います。結果を完全にコントロールしようとしない姿勢は、彼女の制作の根底にあります。素材を支配するのではなく、その働きを受け入れながら進めることで、作品には即興的な自由さと確かなまとまりが生まれます。感情の動きが豊かに表れながらも、地に足のついた印象を残します。

いくつかのシリーズのなかでも、「Pathways」は彼女の探求の基礎となった重要な作品群です。このシリーズでは、内面の風景と外の世界の関係に目を向け、テクスチャー、色彩、形を用いながら、人の経験を導く目には見えない流れを表そうとしました。この試みは、現在の制作へとつながる土台となりました。近年の作品では、自然とそこから呼び起こされる感覚を、より純粋な抽象として表現しています。そこに描かれているのは風景の姿そのものではなく、自然の場が持つ力や気配です。荒々しいエネルギーや心を揺さぶる感覚が画面に込められています。どの作品も、野生の自然の中で過ごす時間がもたらす喜びや驚き、そして静かな気づきを映し出そうとしています。

Progression in Retrograde

静けさと色彩のあいだで

マッケンジーの制作には、スタジオの環境も静かに影響しています。スタジオは自宅や街の喧騒から離れた場所にあり、深く集中できる空間です。光に満ちた部屋で音楽を流し、そばには愛犬たちがいます。そうした日常の要素が気持ちを落ち着かせ、制作への没入を支えています。広い壁面には複数の作品を並べることができ、画面から画面へと行き来しながら作業を続けていきます。この環境は、身体を大きく使う自由な筆致と、長い集中を伴う彼女の制作に欠かせないものです。

スタジオは、制作の流れが途切れないよう整えられています。スマートフォンの通知はすべて切り、窓は作業する位置の背後に配置して視界に余計なものが入らないようにしています。こうした工夫によって、目の前で変化していく色や形に意識を向け続けることができます。静かなこの空間では、時間の流れさえ変わったように感じられます。一枚一枚の画面が発する合図に耳を澄ませ、次の一手が見えてくる瞬間を待っていると、気づけば何時間も過ぎています。マッケンジーにとって、気が散ることは制作の流れを断ち切るものです。思考と身振り、分析と直感を結ぶ繊細な糸が、そこで途切れてしまいます。

マッケンジーは美術の専門教育を受けてきたわけではありませんが、色彩や動き、形の扱いにはいくつかの影響が感じられます。特定の流派や師に学んだというより、光や実験的な試みに対する広い関心から多くを受け取ってきました。とりわけ、光に満ちた色彩と知覚を重視した表現で知られる印象派には、通じ合う感覚があります。また、マティスの切り紙絵やミロの伸びやかな線も、彼女の制作を考えるうえでの手がかりになります。ただし、それらを模倣しようとしているわけではありません。惹かれているのは、構成を自由に扱う発想です。こうしたモダニズムの気配は、彼女自身の実験的な制作を通して新たなかたちへと変わっていきます。その結果生まれる絵画は、構造を保ちながら流動的であり、鮮やかな色彩を持ちながらも内省的な静けさを湛えています。

Fresh Powder
Falling Into Place

サラ・マッケンジー:絵画が静かに語り返すもの

マッケンジーにとって、作品との関係は、描き始めるずっと前から芽生えていることがあります。マッケンジーに長く影響を与えてきたのが、ワシリー・カンディンスキーの1925年の作品『Yellow-Red-Blue』です。彼女がこの絵に強く惹かれたのは何十年も前のことで、その関心は今も変わっていません。アブダビ・ルーヴルで実物を目にしたときの体験は、彼女にとって忘れがたい出来事でした。鮮やかな色彩と緻密な筆致が放つ力は、どんな複製でも感じ取ることのできないものだったのです。色彩、形、そして音楽的なリズムをひとつの画面の中で結びつけるカンディンスキーの手法は、抽象表現が持つ感情の力をあらためて実感させるものであり、それは彼女自身の制作においても常に目指しているところです。

マッケンジー自身の作品の中では、『What Lies Beneath』と『Progression in Retrograde』の二点がとりわけ印象深い作品です。どちらの作品も、柔らかなパステルの線から始まり、アクリルを重ねる前に、動きや感覚の流れを画面に描きとめていきます。『Progression in Retrograde』は、制作の途中で大きく姿を変えていった作品です。いくつもの層を重ねたあと、最後に手漉きのピンク色のアートペーパーでコラージュを施しました。そこから、触れられそうな質感と、どこか建築的な存在感が生まれています。こうした作品には、絵画の着地点は一度に訪れるものではなく、思いがけない展開や静かな発見を重ねながら少しずつ姿を現してくるという、彼女の考えがよく表れています。

マッケンジーは現在も、自然がもたらす感情の動きを手がかりに、新たな作品を描き続けています。『Garden Path』は、その流れの中で生まれた新しいシリーズの最初の作品です。ここで彼女が目指しているのは、花や空、地形といった具体的な姿を再現することではありません。自然の風景が呼び起こす感情、畏敬の念、静けさ、そして世界とのつながりを画面に映し出すことです。鮮やかな色彩とリズムを帯びた形によって、彼女が描こうとしているのは目に見える風景ではなく、ありのままの自然に包まれたときに心に生まれる感覚です。この継続的な探求は、彼女の制作の核心を示しています。目には見えないものをかたちにすること、そして言葉では言い尽くせないものを、色彩と質感によって語らせることです。

Deep in the Heart