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バナー画像:Ladys Fingers

「何をしているのかを探り続ける、その過程そのものが私の芸術です。」

視覚的即興とポリマスの視線

1960年代のイギリスに満ちていた文化的な熱気の中で感性を育み、1970年代にはリーズ・ポリテクニックの先鋭的な美術教育を受けたジョン・シャーウッド(John Sherwood)。彼の制作は一貫して、好奇心と即興性、そして既存の枠に収まらない自由さに支えられてきました。現在はノース・ヨークシャー州スキプトンを拠点に活動し、コラージュ、絵画、文章、音響、デジタルメディアと領域を横断しながら制作を続けています。その多様な実践をひとつに結びつけているのが「アマルガム」という独自の手法です。イメージと言葉、身体の痕跡が幾層にも重なり合うその作品は、ひとつのジャンルに収まることを拒み、異なる要素が出会い続ける場として現れます。

西洋絵画を出発点としながらも、その着想は美術の枠にとどまりません。機械の構造や洞窟壁画、石器時代の道具といった太古の痕跡から、雑誌の紙面、さらにはウェディングケーキの造形に至るまで、あらゆるものが制作へとつながっていきます。こうした雑多な要素を受け入れる姿勢は、単なる趣味の広さではなく、偶然や衝動、断片といった予測不能な出来事こそが創造を動かすという信念に根ざしています。彼のスタジオ「プレイルーム」もまた、その考え方をそのまま体現した空間です。コンパクトな室内には画材だけでなく、用途の定まらない素材やデジタル機器、音楽や映像、日常の中で拾い集めた資料が所狭しと並び、思いがけない組み合わせが次々と生まれていきます。

さらにシャーウッドは、自ら生み出した複数のキャラクターを通じて、異なる視点から作品を生み出しています。中でも象徴的な存在がエリック・ブラッドオレンジです。ヴァイキングの王エリック・ブラッドアックスの名をもじって生まれたこの人物は、どこか飄々としたユーモアをまといながら詩を書き、絵を描き、ときに舞台に現れて独特の語りを披露します。ドクター・ストラビズムーやシド・サツマ、ティミー・タンジェリンといった個性的な登場人物たちも加わり、想像上の舞台が広がっていきます。これらのキャラクターは単なる遊びではなく、異なる声や感情、表現の方向を引き出すための重要な役割を担っています。ナンセンスや風刺、シュールなユーモアを通して、芸術の形式や人格の境界を軽やかに横断していきます。

一定の方法にとどまることなく、領域を越えて流れ続ける制作。その積み重ねによって、シャーウッドは他に類を見ない表現を築いてきました。彼にとって芸術とは、完成された像に到達することではありません。むしろ、移ろい続けるイメージの中で、自分自身と向き合い続ける対話の過程にほかなりません。直感が先に動き、理解はあとから追いついてくる。その開かれたあり方こそが、彼の作品に独特の層の厚みと予測のつかない魅力、そして思考と遊びが混ざり合う生きたリズムを与えています。

Travellers

ジョン・シャーウッド:影響を取り込みながら生まれる表現

シャーウッドは、影響を排除するのではなく、それらを取り込みながら制作を続けています。彼の内側には、モダニズムの先駆者たちや実験的な表現者、さらには歴史的巨匠たちの系譜が重なり合っています。アラン・デイヴィのコラージュ的な象徴性や、アウトサイダー・アートに見られるむき出しの即興性に共鳴し、既成の枠を揺さぶる作家たちに強い親近感を抱いてきました。ジャン・デュビュッフェが示した素材へのまなざしや、「愚かに描く」ことで開かれる感覚は、アマルガムの根幹とも深く響き合っています。また、マックス・エルンストやダダに通じる非合理の論理も、異質なものの並置やオートマティズム、無意識の導入といったかたちで作品に息づいています。

分野を横断する作家への共感は、そのまま彼自身の姿勢と重なります。マン・レイの自在なスタイルやマルセル・デュシャンの概念的な挑発は、境界を越えることの可能性を裏づける存在です。デュシャンについては、ピカソに匹敵、あるいはそれ以上の革新性を持つ存在と捉えつつ、西洋美術の構造を揺るがしたピカソにも深い敬意を寄せています。フリーダ・カーロの内省的で身体的な表現は、自身の経験を作品に織り込むことを後押しし、ウィリアム・ブレイクが実践した言葉とイメージの融合は、テキストと視覚のあわいを探る試みに確かな指針を与えています。

その関心は、美術の枠にとどまりません。ジョン・レノン、アイヴァー・カトラー、キャプテン・ビーフハート、オノ・ヨーコといった異才たちは、音楽や文学、パフォーマンスを横断しながら活動し、表現が本来ひとつの領域に収まらないものであることを体現してきました。シャーウッドにとって彼らの存在は、同じように境界を越えてよいという確信を与えるものでした。ジャンルに区切られることなく、複数の影響が交差する地点で生き、つくること。その感覚がアマルガムの根底にあり、作品を単なる成果物ではなく、経験や知覚の連続としての生のかたちへと押し広げています。

Doodlesque

アマルガム——連なり続ける表現

シャーウッドの代表的なシリーズであるアマルガムは、彼の思考と制作の軌跡がそのまま刻まれた記録でもあります。ドローイング、コラージュ、手刷りの文字、デジタル要素、書のような線が幾層にも重なり合い、画面は完成された構図というよりも、いまなお続いている対話の場のような気配を帯びます。そこでは失敗や偶然に生まれた線、まだ形になりきらない思考も排除されることなく、意図的な要素と同じ重みで共存しています。完成度よりも、その過程そのものを大切にする姿勢が、この包容力を支えています。それぞれの作品は、その時々の内面や外界の断片をすくい取ったものであり、映像の書き起こしや歌詞、音楽から生まれた走り書きなどが自然に織り込まれていきます。

膨大な制作の中でも、いくつかの作品はひときわ強い存在感を放っています。《レディーズ・フィンガーズ》は、予測のつかなさと異質な要素の調和、そして言葉にしがたい一致の感覚を体現する代表例です。《フォース・クラッグ・マイン・スイッチ》は油彩への手応えを大きく変えた転機となり、《ドゥードルスク》は直感に導かれる制作への確信をさらに深めました。約300点からなる「60×45s」シリーズは、彼自身が創作の頂点と語る重要な到達点です。また、《パンデミック・アマルガム・ダイアリー》では、COVID-19の時代に漂った空気や不安、内省が、同じく多層的で即興的な手法によって刻み込まれています。

いつかは自身の全作品をひとつの場所に集め、「ジョン・シャーウッド美術館」のようなかたちで提示したいという思いも抱いています。一方で、作品が世界各地へと渡っていくのもまた自然なことです。それでも全体として見せたいと願うのは、彼の制作が本質的に相互につながり合っているからです。一点一点は独立して存在しながらも、互いに響き合うことでより深い意味を帯びていく。アマルガムとは単独の作品ではなく、連なり続ける大きな物語の一部なのです。

The Night We Travelled to St Pancras

ジョン・シャーウッド:制作と思考のあいだで

シャーウッドの作品が明確な分類に収まらないのは、特定の技法や主題に縛られていないためです。作品のかたちはあらかじめ決まっているのではなく、制作の過程の中で自然に立ち上がってきます。作家はそれを導くというより、むしろ受け取る側に近い立場にいます。そうして生まれる画面は即興的でありながら、きわめて個人的な気配を帯び、その瞬間の内面をそのまま映し出します。彼はパウル・クレーの言葉「私が私のスタイルである」を引き、自身と作品の不可分な関係を語ります。統一された様式を目指すのではなく、流れの中で変わり続けることを受け入れる。その制作は独白でありながら、ときに画面や分身的キャラクターとの対話でもあります。

創作の原点は幼少期にさかのぼります。教師だった父が持ち帰った一束の白い紙。それが、ものをつくる習慣の始まりでした。その後、美術学校で表現の幅を広げていきますが、制作への衝動そのものは、それ以前からすでに生活の中に根づいていました。メルトン・モーブレーで過ごした幼少期、そして1960年代の文化や音楽、カウンターカルチャー、芸術観の変化も、彼の感性に大きな影響を与えています。年月を重ねるにつれて作品は複雑さを増してきましたが、その核にあるのは変わりません。人生の矛盾や戸惑い、尽きることのない問いに向き合い続ける姿勢です。

使用する道具にも、個人的な記憶が深く関わっています。幼い頃、父から渡された製図用ペンとインクとの出会いが、つけペンへの愛着を決定づけました。流れるような線や装飾的な筆致への関心はその経験から生まれ、現在のアマルガムにおいても、手書きの文字や即興的なドローイングとして重要な役割を担っています。シャーウッドにとって制作とは、日々積み重ねられる静かな実践です。彼は芸術家の生を修道士になぞらえ、人間という存在に応答し続ける営みとして捉えています。作品は、思考し、感じ、つくり続けてきた時間そのものです。

John Sherwood Amalgam