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「肖像とは、魂を映す鏡である。」

形成期:古典美に根ざしたまなざし

Qazim Arifi’s journey into the world of sculpture began not with marble or bronze, but with the simple drawings of a child in post-war Albania. Born on December 10, 1942, in the village of Hotova in the Përmet region, Arifi showed an early fascination with shape and form. Encouraged by his primary school teachers in Tirana, he enrolled in a national art competition in 1955, earning first prize at the age of thirteen. This pivotal moment ignited a dream that would guide him through the rigorous corridors of Albanian and European art education. He later gained admission to the Jordan Misja Art School in Tirana, where his focus on sculpture brought him under the mentorship of Kristina Koljaka, a prominent artist educated in Florence, whose classical training would have a lasting influence on his own artistic sensibility.

中等教育を終えた後、アリフィはティラナ美術大学に進学し、1960年から1965年にかけて彫刻を学びました。ここで彼は、レニングラード美術アカデミーで研鑽を積んだ彫刻家シャバン・ハデリに師事します。この時期、彼の表現はより古典へと向かいながら、思考と技術を着実に深めていきました。ギリシャ・ローマ古代の理想美や、イタリア・ルネサンスに見られる精神性への関心は、やがて彼の表現の核となっていきます。こうした影響は、のちの作品の中で、人のかたちを通して内面に触れる静かな表現として結実していきます。

1970年から1990年にかけて、アリフィは彫刻制作の第一線から離れ、木工や銀細工、銅工芸を扱う国営の貿易企業に従事することになります。しかしこの20年は、決して空白ではありませんでした。仕事を通じて海外を訪れる機会を得た彼は、各地の美術館で数多くの作品に触れます。外の世界との接点が限られていた時代にあって、それらの体験は大きな意味を持ちました。彫刻における量感や空間の捉え方、そして人物表現に宿る感情の深さを、身をもって吸収していきました。1991年、アルバニアの体制転換を機に、彼は再び制作に専念するようになります。長い年月を経て培われた視点とともに、活動の場をアルバニアからイタリア、さらにアメリカへと広げながら、国際的な歩みを進めていきました。

カジム・アリフィ:意味を宿す肖像

アリフィの制作の中心にあるのは、一貫して肖像彫刻です。彼にとって肖像とは、外見を写し取るためのものではなく、その人の内にあるものをすくい取るものです。顔には、その人が歩んできた時間や思考の跡が刻まれています。一点ごとに向き合いながら、人物の気配や奥行きをかたちにしていきます。ブロンズや大理石に刻まれた像は、文化や政治、精神の領域で足跡を残してきた人々の姿であり、その存在は、今も静かに見る者へ届きます。彼の彫刻は一瞬をとどめるものではなく、記憶を手繰り寄せるためのものです。

代表作には、アルバニアを代表する作家の内面に迫った『イスマイル・カダレの肖像』(2012年)、信仰への敬意と人としての温かみがにじむ『ババ・モンディ胸像』(2016年)があります。『ルチアーノ・パヴァロッティ胸像』(2021年)には、舞台に立つ者の気迫と豊かな存在感が宿り、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世、ベネディクト16世、フランシスコの像では、思索に沈むような静けさが印象を残します。『アルトゥーロ・シュヴァルツの肖像』(2018年)では、知性の深みと人へのまなざしが丁寧にすくい取られています。これらの作品は、単に姿を写すにとどまらず、自然と向き合う時間が生まれます。

アリフィの仕事は、各国の批評家のあいだでもたびたび取り上げられてきました。美術史家アルピネ・セヴァギアンやロザリオ・ピントは、その肖像に見られる感情の繊細さと、揺るぎない造形の確かさに言及しています。セヴァギアンは、とりわけその手に宿る深い読み取りと感覚の鋭さを指摘し、かたちを通して人物の内面に迫る力を評価しています。サンドロ・セッラディファルコ、アンジェロ・クレスピ、パオロ・レヴィ、ヴィットリオ・スガルビらもまた、それぞれの視点から作品の奥行きと技術の高さについて触れています。

これまでに50を超える賞を受け、ミケランジェロ国際賞や、ブリュッセルのエスパス・アート・ギャラリーによる「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」(2022年)などが挙げられます。作品はルーヴル美術館カルーゼルやバルセロナのMEAMなどで紹介され、『CAM 現代美術カタログ』第58号から第61号にも収録されています。こうした歩みを通して、彼の名は国際的にも広く知られるようになっていきました。

素材に宿る記憶:内面を刻むかたち

アリフィが主に用いるのはブロンズと大理石です。それは単に長く残る素材だからではなく、時間の積み重なりや人の気配を静かにとどめることができるからです。ブロンズはわずかな変化を表面ににじませ、大理石は澄んだ質感によって作品に静けさを与えます。しかし彼を特徴づけているのは素材そのものだけではありません。制作は必ずスケッチから始まり、対象と向き合いながら、かたちは少しずつ立ち上がっていきます。

その造形は古典に根ざしながらも、過度に語ることはありません。身振りは控えめで、表面は丁寧に整えられ、そこに人物の内側がにじみ出るように現れます。思いに沈む静けさや、立場を背負う重み、信仰に向き合う穏やかな気配――そうしたものが、過不足なく形にされています。『ムハメト・マラジ胸像』(2023年)はその一例で、ひとりの人物でありながら、より大きな記憶やつながりを感じさせる作品です。

またアリフィにとって具象表現は、人の営みを伝えるための方法でもあります。作品に登場するのは、芸術家や歴史家、詩人、政治家など、それぞれの分野で時代に関わってきた人々です。その姿には、力や思考だけでなく、複雑な内面も丁寧に込められています。完成した像は、見る者に静かに働きかけ、向き合う時間を生み出します。その中で、像はひとつの鏡のように立ち現れ、対象だけでなく、見る側の感情や理解のあり方までも映し出していきます。

カジム・アリフィ:時間と対話する彫刻家

制作に復帰して以降、アリフィは国内外でおよそ90の展覧会に参加し、活動の場を広げてきました。作品はニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルス、マイアミ、シカゴ、ロンドン、ベルリン、ブリュッセル、ブダペスト、プリシュティナ、ドバイ、北京、東京、ミラノ、フィレンツェ、ローマなど、各地で紹介され、その名は次第に広く知られていきます。『Artisti ’19–’25』や『Atlanti』といったカタログ、美術誌にも掲載されています。ヴェネツィア・アート・エキスポやフランドル国際ビエンナーレ、ルーヴルやMEAMでの展示を通して、古典に根ざしたその表現は、いまなお確かな力を持ち続けています。異なる文化や歴史のあいだを行き来しながら、その作品は場所を越えて、人の感覚に静かに届いていきます。

活動の場を広げながらも、彼の制作の姿勢は変わりません。すべては対象をよく見ることから始まります。バラク・オバマやロナルド・レーガン、アルバニア首相エディ・ラマといった人物を題材にした作品でも、肩書きや立場を強調するのではなく、一人の人間としての姿に目が向けられています。像は誇張されることなく、素材の重みや光の当たり方の中で静かに佇みます。その落ち着いた佇まいが、見る者に向き合う時間をもたらします。

アリフィの仕事は、個々の作品にとどまりません。彼の歩みは、具象彫刻のあり方を改めて問い直す流れとも重なっています。過去の美術に息づく価値を、いまの時代の中でどう生かすか。そうした問いに向き合いながら制作が続けられています。かたちと人間、その関係を丁寧に掘り下げていく姿勢は揺らぐことがありません。彼の彫刻は、時間の流れの中に静かに置かれながら、人の記憶や感情に働きかけ続けます。そこには、世代を越えて受け取られていく力が宿っています。