「静寂は私にとって欠かせない存在です。それは魂を解き放ち、孤独が心と身体を一つに結びつけてくれるのです。」
イヴァナ・ガジッチ・キチンバチ:精神性を追求する芸術の旅
イヴァナ・ガジッチ・キチンバチ(Ivana Gagić Kičinbači)は、独創的な技法と哲学的な視点で国際的に注目されるクロアチアの現代アーティストです。彼女はモスタル大学で芸術博士号を取得し、ザグレブ大学教育学部で教壇に立ちながら、創作活動にも力を注いでいます。博士論文「現代美術における描画の超越的表現」では、彼女の作品が物質的な世界と精神性を結びつける役割を果たしていることを示しました。また、ザグレブ大学でグラフィックアートの修士課程を修了した後、リュブリャナ美術アカデミーで研鑽を積むなど、学術的な背景も豊富です。
その創作の成果は、数々の国際的な賞に裏付けられています。2024年には、Contemporary Art Collectorsから「Global Art Virtuoso: Elite Artistic Career Achievement Award」を受賞。さらに、2023年には「International Leonardo da Vinci賞」や「Harmony for Humanity賞」も受賞しています。これまでにヨーロッパ、アメリカ、UAE、日本などで個展やグループ展を開催し、多彩な作品群で人々を魅了してきました。
イヴァナ・ガジッチ・キチンバチ:魂を探求する芸術
イヴァナ・ガジッチ・キチンバチの作品は、現実を見つめる中で、精神と身体が交差する瞬間を探る深い問いから生まれています。彼女にとって創作とは、現実の再現ではなく、直感を通じて新たな視点や理解を見いだす行為そのものです。身体と魂、物質と精神、時間と空間――相反する要素の間を行き来しながら、彼女は分断が進む現代社会の中で「内なる自由」を追求しています。この探求は、彼女の緻密な描画を通して静かに語りかけます。
彼女の作品の特徴は、「超越」という概念がどのように創作に表現されているかにあります。ガジッチ・キチンバチは、芸術を通じて目に見えないものを浮かび上がらせ、物質的な世界を精神的な領域へと変容させる力を信じています。そのため、彼女の作品は単なる視覚的な楽しみを超え、観る者を深い思索の世界へと導きます。これは、人々の心に問いを投げかけ、新たな気づきをもたらす招待状のような役割を果たしています。
彼女の創作活動に欠かせないのが「静寂」です。アトリエは、外の喧騒を離れ、精神を研ぎ澄ませるための特別な場所。そこでは、孤独の中で生まれる集中が、彼女の表現を形づくります。この静けさへのこだわりは、彼女の作品にも色濃く反映されています。特に、モノクロを基調とした繊細な色彩表現や、光と影の巧みな配置を通じて、彼女は観る者を引き込む静かな物語を紡ぎ出します。その作品は、まるで瞑想のように、深い余韻を残しながら心に響くのです。
描画の力:イヴァナ・ガジッチ・キチンバチが選んだ表現
イヴァナ・ガジッチ・キチンバチにとって、描画とは単なる技法や手段ではありません。それは、人間の内面に隠された真実を引き出し、紙という静寂の空間に新たな命を吹き込む行為です。版画や彫刻、インスタレーションなど多様な表現手法を用いる彼女ですが、描画は最も自然で、心と身体、そして魂のつながりを映し出すための特別な手段といえます。
2019年に制作された『View from Above』は、彼女の創作活動における転機を象徴する作品です。このデジタルプリント作品は、描画、絵画、版画の技法を巧みに融合させ、新しいデジタルツールの可能性を探った挑戦的な試みでした。彼女は、伝統的な手法とデジタル技術を組み合わせることで、物理的な限界を超えた新たな創造の領域を切り開きました。この作品は、物質的な現実と精神的な探求を結びつける彼女のテーマを端的に表現したものです。
『View from Above』では、制作の柔軟性や自由な発想が生き生きと表れています。物質と形而上学を織り交ぜたこの作品は、従来の枠にとらわれることなく、新たな創作の可能性を切り拓く彼女の姿勢を明確に示しています。デジタルと手作業、それぞれの強みを引き出しながら、現実の奥に潜む無形の存在を描き出したこの作品は、彼女の芸術観そのものといえるでしょう。
イヴァナ・ガジッチ・キチンバチ:多彩なインスピレーションと共創の力
イヴァナ・ガジッチ・キチンバチの芸術は、哲学や文学、建築など幅広い分野から得たインスピレーションに支えられています。ヨン・フォッセ、ジャック・マリタン、トマス・マートンといった思想家たちの著作は、彼女が描く世界観と深く結びついています。また、クロアチアの物理学者ヴラディミル・パールの研究や、空間や光、人間の知覚を追求するユハニ・パルラスマやジョン・ポーソンの建築も、彼女の作品に新たな視点を与えています。
視覚芸術の分野では、クロアチアのアーティストであるムラデン・スティリノヴィッチや、アントニ・タピエス、エドゥアルド・チリーダの作品に影響を受けています。特に、形而上学的なテーマや抽象的な表現は、彼女自身の創作と共鳴しています。また、ロバート・マザーウェルやバーネット・ニューマンといったニューヨーク派の巨匠たちも、彼女の芸術的な探求に欠かせない存在となっています。
創作において彼女が重視しているのが、他者との協働です。彫刻家ハナ・ルカス・ミジッチやエリス・レアバッハとの交流を通じて、彼女は新たな発想を取り入れ、自身の表現を進化させてきました。独自性を尊重しながらも、共創の中で生まれる刺激やエネルギーを積極的に活用し、限界を超える新たな可能性を探っています。協働は、彼女にとって単なる手段ではなく、芸術を深化させる重要なプロセスなのです。