「私は、あらゆる出来事を深く抽象的に捉え、その本質を“形”として見ることを習慣としています。」
創作の中で進化する鹿庭江里子の世界
鹿庭江里子(Eriko Kaniwa)は、独学で技術を磨き上げたデジタルアーティストです。写真とデジタル編集を駆使し、独自の美学を追求し続けています。自己のアイデンティティに葛藤していた時期に、庭の植物をマクロ撮影する中で、自然や宇宙が織りなす形の調和と美に深く心を奪われました。この経験は、日常を抽象的な視点で捉える彼女の独自の創作哲学を形成し、その後の作品に多大な影響を与えました。
当初は「アーティスト」という肩書きを特に意識していなかったものの、創作活動を重ねるうちに、その存在が自然と周囲に認められるようになりました。写真からデジタルアートへと表現の領域を広げる過程で、多くのアートコンテストで高く評価され、GQやVogueといった世界的な媒体に作品が掲載されるなど、広く注目を集めています。
現在、鹿庭は大学で芸術学を学びながら、創作活動と家庭生活の両立を図っています。将来的には大学院に進学し、さらなる研究を通じて学びの幅を広げたいと考えています。これまで培った経験や洞察を作品に投影し続ける彼女のアプローチは、時とともに深みを増し、多くの人々に強い印象を与えています。
鹿庭江里子:デジタルアートで描く小宇宙の物語
鹿庭江里子のアートは、抽象と具象を巧みに融合させた独自の表現が特徴です。近年、デジタル編集が創作の中心的な役割を担うようになり、作品に新たな深みと魅力をもたらしています。パンデミックを契機に、人間と微生物の関係に目を向け、『ネオ・プリミティブ・ライフ』や『パラサイト』といったシリーズを発表しました。これらの作品は架空の微生物をテーマに、日常の中に潜む目に見えない世界を表現しています。
彼女の制作環境において、音楽は欠かせない要素です。テーマに合った音楽が創作の雰囲気を高めるだけでなく、制作中は外界の音や気配が自然と意識から消え、深い集中状態に入るといいます。インスピレーションの源は多岐にわたり、生物学、美学、哲学の書物から得る影響が顕著です。また、ハンス・ベルメールやマックス・エルンストといったシュルレアリスムの巨匠たちの作品や、日本画の繊細な美しさにも強い影響を受けています。
最近では、AIが生成した抽象的な画像との出会いをきっかけに、人工知能がもたらす新しい視点や表現の可能性に興味を抱くようになりました。この新たなアプローチは、彼女の作品にさらなる独自性を加え、これまでとは異なる方向性への挑戦を後押ししています。
形の共鳴:デジタルを通して見る生命の美
鹿庭江里子の作品の中でも特に印象的なのが、ロマネスコという野菜をモチーフにした白黒写真です。この作品は、自然が生み出す数学的な秩序と美を驚くほど精緻に捉えています。発表の機会は限られているものの、この写真は生命の中に宿る複雑かつ精密な構造を鮮やかに浮かび上がらせ、自然界の形が持つ奥深い魅力を改めて感じさせます。鹿庭はこの作品を通じて、「一枚の写真には言葉を超える力がある」という信念を表現しています。
写真からデジタルアートへの移行は、彼女にとって自然な歩みでした。写真では限界があった新たな可能性を切り開く中で、思いがけない発見に出会うこともしばしばあります。また、水性顔料を金属板や顕微鏡レンズに応用するなど、独自の技法や素材を追求する実験的な取り組みも行っています。こうした挑戦を通じて、作品は新たな表情と奥行きを獲得し、観る者に鮮烈で忘れがたい印象を与えています。
『JOKEI』で捉える日本の神聖な自然
写真集『JOKEI: Capturing Japan’s Sacred Nature』は、日本の自然崇拝の思想を探究し、神聖な風景を見事に映し出した鹿庭江里子の代表作です。彼女は18か月をかけて、日本各地の20を超える由緒ある地を訪れ、神社の鳥居や夫婦岩、世界遺産に登録された名所など、自然と密接に結びついた景観を撮影しました。これらの写真には、古代から日本人が自然に抱いてきた畏敬の念が込められ、その精神性が繊細かつ鮮烈に表現されています。
高い評価を受ける本作は、単なる風景写真にとどまらず、鹿庭独自の編集技術によってアート作品へと昇華されています。各写真には物語が息づき、日本の自然と精神文化が織り成す深い魅力が力強く伝わってきます。著名な写真家ジョエル・ティントラーもこの作品を高く評価し、「現代社会で自然への敬意を再認識するきっかけとなる」と絶賛しました。
さらに、写真集には『タンチョウ(丹頂鶴)』や『飛翔する鷲』をテーマにしたシリーズも収録されています。これらの作品は、自然の美を捉えるだけでなく、日本の文化や精神性とのつながりを深く掘り下げています。また、仏教における「浄土」の概念とも共鳴し、古代日本人が自然とどのように向き合ってきたかを追体験させる内容となっています。
2017年にJapan Createから刊行されたこの96ページの写真集は、自然と精神文化をテーマに据えた一冊です。単なるビジュアル作品を超え、自然と人間とのつながりについて深く考えさせられる内容であり、日本の精神性と自然美がいかに密接に結びついているかを改めて感じさせてくれます。
鹿庭江里子:日本の精神性を巡る旅
鹿庭江里子は、日本の精神性をテーマに独自の創作活動を展開してきました。これまでに発表した『Floating Sanctuaries』や『Sacred Trees(神木)』は、その序章ともいえる作品です。このプロジェクトでは、静寂に包まれた水面に立つ鳥居や神木といったモチーフを通じて、自然と共に生きる日本人の姿や、そこに秘められた象徴的な意味を美しく描き出しました。
現在、鹿庭は新たな挑戦として、古代文字である漢字に焦点を当てています。漢字に込められた自然崇拝の思想やアニミズムの物語を掘り起こし、その中に息づく日本人の精神文化を紐解こうとしているのです。この取り組みは、伝統と現代を結びつける新たな対話を生み出し、文化や精神、そして芸術が交錯する深い物語をさらに広げる試みといえるでしょう。
鹿庭は、この探求を通じて、先人たちが守り続けてきた精神文化を現代に再び呼び覚ましたいと考えています。彼女の作品は、時代を超えて響く日本の物語を紡ぎながら、自然と人間の結びつきを新たな視点で見つめ直すきっかけを提供しているのです。