「だからこそ、私は絵を描くとき、自然とポップアートの要素を取り入れるのかもしれません。」
芸術と人生を紡ぐ旅
マシュー・ダ・シルバ(Matthew da Silva)の芸術の歩みは、何か一つのきっかけで始まったものではなく、人生を通じた経験の積み重ねから自然に形づくられたものです。その始まりは1970年代、学生時代に遡ります。幼い頃から絵を描くことが好きだった彼は、特にポップアートの鮮やかな色彩や独特の表現に心を奪われました。しかし、美術に専念したいという思いは、学校の制約によって実現しませんでした。それでも、創作への情熱だけは揺らぐことなく、彼の内に燃え続けました。
卒業後、日本の渋谷にある製造会社での勤務を機に、ダ・シルバは企業出版物の制作やストーリーの執筆に携わります。そこでは、与えられた枠組みの中でも創造性を発揮する場を見つけていました。しかし、後の組織改編でその職を離れることとなり、帰国を余儀なくされます。その後はフリーランス記者として活動を続けましたが、2012年に一度筆を置く決断をします。そして2022年、再び芸術に専念することを決め、個展やグループ展を通じて積極的に作品を発表するようになります。こうした多彩な経験を経た彼の作品は、具体的なテーマや視点を持ち、見る人に強い印象を与えています。
また、彼が学生時代に学校から贈られたポップアートの本は、彼の芸術的な感性に大きな影響を与えました。ポップアートが注目を集めていた時代背景もあり、その美学に惹かれた彼は、現在の作品にもそのエッセンスを反映させています。
マシュー・ダ・シルバ:家族に根ざした創造の遺産
マシュー・ダ・シルバは、芸術や創作活動が身近にある家庭で育ちました。彼の大叔母マッジは、第二次世界大戦後に日本を訪れ、生涯にわたって写真を撮り続けました。また、母親はコマーシャルアーティストとして活動しており、その影響は幼い頃のマシューに強く刻まれました。こうした家族の影響は彼の娘にも受け継がれ、現在は横浜でコマーシャルアーティストとして活動しています。
家族の歩みは、マシューの人生や芸術にも強く影響を与えています。例えば、祖父のいとこにあたるモリー・ディーンが1920年代に未解決の殺人事件の犠牲となり、その出来事が書籍で取り上げられています。このエピソードは、家族の記憶に深い印象を残しています。また、オーストラリアの子ども向け番組『バナナ・イン・パジャマ』の制作に携わった親族もおり、家族の多様な才能がうかがえます。
しかし、マシューの芸術的な視点やスタイルは、家族の影響だけで形作られたものではありません。幼少期に一人で絵を描く時間を楽しんだ経験や、オーストラリアの著名な芸術家の息子たちとの交流も大きな役割を果たしました。バーナビー・ブラックマンやティム・オルセンといった友人たちとの関係は、彼の創作意欲をさらに高めるきっかけとなりました。こうした経験が重なり合い、彼独自の表現スタイルが生まれました。
絶えず進化する表現:テーマと技法を追い求めて
マシュー・ダ・シルバの作品は、既存のジャンルや形式に縛られることなく、新しい表現を追求し続けています。友人でアート教師のクリスティーン・ディーンは、彼の作品に「ポストトゥルース・アート」の要素が感じられると語ります。しかし、マシュー自身は特定のスタイルにとらわれず、制作の中で生まれる直感やひらめきを大切にしています。
彼の技法の特徴の一つに、水彩紙を使った「ウェットオンウェット」があります。濡らした紙の上に絵具を重ね、絵具同士の反応が生み出す独特の表情を引き出します。この技法では、絵具のブランドごとの特性を観察することも創作の楽しみの一部となっています。また、彼は制作中にテレビを流すことを習慣にしており、特に犯罪ドラマを好んで観ます。その音や雰囲気は、彼にとって幼少期に母親と過ごした時間を思い起こさせるものであり、自然と集中力が高まる環境を作り出します。
2022年以降、彼は新たな試みとして、詩と写真を組み合わせた作品「パラモンタージュ」を発表しています。この形式は、物語を紡ぐ力と視覚的な感性を融合させたもので、過去の経験が大きく反映されています。かつて企業で培ったコーポレート・コミュニケーションの経験が息づくこれらの作品は、彼の表現の幅をさらに広げる重要な要素となっています。さらに、地域のアートグループでの活動を通じて水彩やコラージュの可能性を深め、彼の創作は今なお進化を続けています。
マシュー・ダ・シルバ:芸術の新境地へ挑む
マシュー・ダ・シルバが現在取り組んでいる「スケッチ・オン・ステージ」は、パフォーマンスと視覚芸術を融合させる新しい試みです。このプロジェクトは、シドニー国立芸術学校を卒業したサイモン・カーンとの共同企画で、2023年11月に始動を予定しています。マシューはエグゼクティブプロデューサーとして全体を統括し、演出家、脚本家、音響プロデューサー、マーケティング担当者、ダンサーなど、多彩なメンバーを束ねています。
「スケッチ・オン・ステージ」は、観客を創作の現場に引き込み、実際にそのプロセスを体験してもらう、没入型のパフォーマンスです。これは、マシューがこれまで追求してきた物語や表現方法を活かしながら、アーティストと観客の距離を縮め、芸術の新しい可能性を模索するものです。
個展や共同制作に加え、「スケッチ・オン・ステージ」のような挑戦的なプロジェクトを通じて、マシューは従来の枠を越えた創作を続けています。彼の作品は、新しい視点を提示し、多くの人に強い印象を与えています。