“創作は、物心ついた頃から私の一部でした。私にとって芸術とは、呼吸のように自然で欠かせないもの。作品を生み出すたびに喜びがあり、新たな表現を探ることにいつも心を奪われてきました。”
芸術とテクノロジーの融合に挑む
フィリップ・ノイド（Philip Noyed）は、伝統芸術と最先端テクノロジーの融合を通じて、独自の表現を追求してきました。その歩みは、ごく自然な流れの中で育まれ、常に熱い情熱と尽きることのない探究心によって支えられています。中でも、日本で過ごした時期は、彼の芸術観に大きな影響を与えました。陶芸、書道、能といった伝統文化に真摯に取り組み、東京・国立能楽堂では外国人として初めて舞台に立つという歴史的な経験も果たしています。伝統文化との関わりを通じて、芸術は見るものではなく「深く経験するもの」という意識が芽生え、その考え方はいまも作品の根幹を支えています。
アメリカに戻ってからは、写真や映像の分野へと活動を広げ、世界的ミュージシャンであるプリンスとともに映画『パープル・レイン』の制作に関わるなど、貴重な経験を重ねてきました。国やジャンルを超えて得たこうした多様な経験は、ノイド独自のスタイルへと結実し、日本で育まれた身体感覚に根ざした芸術観と、現代のテクノロジーが調和する、唯一無二の表現世界を築いています。
フィリップ・ノイド：光と形を操る創造の錬金術師
フィリップ・ノイドの芸術スタイルは、光と色、幾何学的な形が織りなす構成で、常に進化を続けています。芸術とテクノロジーの融合に積極的に取り組み、新たな創造の可能性を追い求めています。VR、公共空間でのアート、動きを取り入れたモビール、立体的な油彩画など、さまざまな手法を使い分ける柔軟さには、幅広い視野と先駆的な精神がにじみ出ています。なかでも代表作『Geometric Illuminations』は、光と形の調和を追求したシリーズであり、色と構成への深い理解が凝縮されています。ノイドの最新プロジェクト『Neo Art Space』は、彼のキャリアにおけるひとつの到達点といえるでしょう。仮想の銀河を舞台に、30を超える光のアート体験が展開されるこの没入型VR作品は、まさに宇宙を旅するような芸術体験です。テクノロジーとアートの融合に挑み続けるノイドの姿勢を、象徴的に示す試みとなっています。
制作の拠点となっているスタジオ兼ギャラリーには、VR機器やApple製コンピュータなどが揃い、多様な制作に対応できる柔軟な空間が整えられています。外の喧騒から離れ、音楽を聴きながら静かに作品と向き合うこの場所で、ノイドはVRやAR、LEDといった進化する技術と向き合いながら、新たな表現をかたちにしています。ここは単なる作業場ではなく、芸術とテクノロジーが交差し、融合する創造の現場なのです。
多様な影響が織りなす芸術的モザイク
フィリップ・ノイドの創作は、多彩な芸術の影響を受けて育まれてきました。モネやマティスの柔らかな筆致から、クレーやカンディンスキーによる抽象的な表現まで、さまざまなスタイルが彼の作品に織り込まれています。とりわけ、光と空間の関係に着目した「ライト・アンド・スペース」ムーブメントは、ノイドの美意識に大きな影響を与えてきました。ジェームズ・タレルやロバート・アーウィンといった作家たちの探究は、彼の光に対する捉え方の根幹を形づくっています。また、草間彌生による没入型インスタレーションや、ヤマグチ・タクジンの光を使った実験的な作品にも強く惹かれてきました。チームラボやUnreal Garden、Artechouseといった先鋭的なアート集団との出会いも、ノイドの表現に新たな視点と技術的アプローチをもたらしています。こうした影響のすべてが融合し、伝統的な美意識と現代のテクノロジーを横断する、独自のスタイルが形成されました。
ノイドがこれまでに体験した芸術の中でも、特に印象深いのが、コペンハーゲン現代美術館で出会ったタレルの光のインスタレーション『Aftershock』です。カプセルのような空間の中で、飽和した色彩が静かに移ろいながら視覚と感覚に訴えかける体験は、彼の中に深く刻まれています。この体験は、アートが単なる視覚的な美しさを超えて、感情や意識にまで作用し得るという彼の信念を、あらためて確かなものとしました。
フィリップ・ノイド：芸術と意識をつなぐ未来のかたち
フィリップ・ノイドは、枠にとらわれない自由な発想で、つねに新しい表現を追い求めてきました。手法に固執することなく、その都度、もっとも自然にイメージを形にできる手段を選んでいます。近年とくに力を入れているのが、バーチャルリアリティ（VR）です。物理的な制約を受けずに空間を構成できるこの技術は、彼の光の表現に大きな可能性をもたらしました。ただし、創作の手段はVRに限られているわけではありません。映像や写真、油彩なども積極的に取り入れながら、作品ごとに最適なアプローチを見つけ出しています。技術そのものに固執するのではなく、伝えるべき世界観を正確に表すこと。それがノイドの一貫した姿勢です。
構想中のプロジェクト『Healing Chakra Mandala』は、色彩と音の周波数がもたらす心理的・身体的な作用に注目したVR作品です。平面上に描かれてきた曼荼羅を三次元の仮想空間に展開し、観る人の心とからだ、そして意識の調和を促すことを目指しています。見た目の美しさにとどまらず、深い体験として心に残るものを届けたい――そんな願いが、ノイドの作品には込められています。芸術とテクノロジーを通じて、人の内側にそっと手を差し伸べるような表現。それが、彼が今、目指している芸術の姿です。
