「大学を辞めたとき、自分が描きたいものや創りたいものに取り組みたいと思いました。でも、その時は、それが具体的に何なのか全く分からなかったんです。」
ニック・アンブリズ:幾何学と芸術が交わる創造の旅
2023年9月に73歳の誕生日を迎えたニック・アンブリズ(Nick Ambriz)は、幾何学的な技術と芸術的感性を融合させた独創的な作品で注目を集めるアーティストです。その創作の旅は、高校時代に取り組んだ建築スケッチから始まりました。家の設計図を細部まで丁寧に描き上げることで、2年間にわたり建築デザインの基礎を徹底的に学びました。
次に進学したジュニアカレッジでは、機械製図を専攻し、機械の分解図を丁寧に描き上げる技術を磨きました。その後、白黒のインクで大胆なコントラストを探求することで、視覚表現にさらなる深みを加えました。彼の技術は一層洗練され、深みのあるものへと進化していきます。
その後、フレズノ州立大学では、影の表現や透視図法を用いることで、構造物に三次元的な奥行きとリアリティを加える技術を追求しました。また、色紙を使った構造物の立体的表現にも取り組み、多彩な表現方法を試みる中で、彼の創造力はさらなる広がりを見せていきます。
やがて商業広告の分野にも足を踏み入れますが、その世界で彼は創造性と商業主義との間に大きな葛藤を抱えるようになります。これをきっかけに、アンブリズは純粋な自己表現を追求することを決意し、大学を去るという大胆な選択をしました。
当時、何を「描きたい」のか、具体的な答えはまだ見つかっていませんでした。しかし、自由に描き、自分自身のビジョンを形にするという強い思いだけは揺るぎないものでした。この決意は、彼のアーティストとしての方向性を決定づける重要な転機となり、後の作品へとつながっていくのです。
型破りなインスピレーション:ニック・アンブリズの創造の軌跡
大学で美術を学び始めた当初、ニック・アンブリズは新しい分野への適応に苦労しました。それまで商業製図を通じて身につけた直線や幾何学的な構図への偏りが、美術表現の柔軟さを妨げていたのです。また、作品のアイデアを生み出すことにも課題を感じていました。しかし、そうした困難を克服する中で、彼はあるとき深い「気づき」を得ます。この気づきが、学びと創作に対する姿勢を大きく変える転機となったのです。
アンブリズが学業と創作に注力できた背景には、経済的な自立がありました。彼は自ら収入を得ながら、単位にはならないものの、自身の興味を追求できるクラスを受講しました。これらのクラスは、既存の枠組みにとらわれない新しい視点や表現方法を発見する貴重な機会となりました。同級生の多くが親の援助を受けていた中で、アンブリズは独力で時間と資金を管理し、自由に探求する環境を築いていたのです。
当時、彼は輸入マリファナの販売を収入源としていました。この活動は、学費を稼ぐ手段としての役割を果たしただけでなく、1972年という時代を象徴するライフスタイルを体験するきっかけにもなりました。仲間たちと共有したこの独特な経験は、彼の価値観や創作に少なからず影響を与えたのです。
影響と考察:ニック・アンブリズの芸術的視点
ニック・アンブリズの創作の旅は、彼が生きた時代背景に大きく影響を受けています。その一つが、マリファナ文化が象徴する1970年代特有のライフスタイルです。彼は、この文化の中で生きると同時に、違法取引にも関わる立場にありました。当時、マリファナの所持や取引は重罪とされ、厳しい刑罰を伴うものでした。このような状況は、彼の視点に独特の深みを与え、後の芸術的テーマを形づくる基盤となりました。
アンブリズの作品に最も大きな影響を与えたのは、フランス印象派の巨匠たちでした。中でも、ジョルジュ・スーラとアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックは、彼の創作に欠かせない存在です。スーラの色彩理論や構成の巧みさは、アンブリズが色彩を扱う上での基盤を築きました。一方、ロートレックが見せた白と黒の表現の繊細さ、そして身体的な困難を乗り越えながらも創作に情熱を注いだ生き方は、彼の内面に深い感銘を与えました。
1970年代後半、アンブリズはウィリアム・ホーマーの著書『スーラと絵画の科学』と出会います。この一冊は、単にスーラの技法を学ぶための指南書にとどまらず、色彩理論を科学的に探求する視点を提供し、アンブリズの表現に新たな方向性を与えました。また、この本に収められた多くの芸術家の物語は、彼の想像力をさらに掻き立てると同時に、創作への情熱を一層燃え上がらせたのです。
ニック・アンブリズ:写真と絵画の融合
この2年間、ニック・アンブリズは写真の世界に深く没頭しています。当初は油絵の技術向上を目的として始めたものの、写真そのものに独特の魅力を見出しました。カメラが被写体の本質を捉え、絵筆や油彩では表現できない美を映し出す力に気づいたのです。
アンブリズが創作の舞台としたのは、カリフォルニア州サンホアキン・バレーのデルタ地帯です。小さなカヤックで狭い灌漑用水路から広大な川を巡り、命の流れを感じる水辺の風景を写真に収めました。
彼の作品は、水面の反射を活かした独自のスタイルが特徴です。色彩や形、水平線と垂直線の配置を計算し、色の大小や配置を緻密にコントロールすることで、写真と絵画が融合したような構図を生み出しています
当初は水流に苦戦したものの、流れを利用する技術を習得。カヤックを巧みに操りながら360度の風景を捉え、瞬時の判断で理想のショットを収めます。撮影後には、慎重なクロッピングや色彩補正を施し、鮮やかな色彩やモノクロの表現を用いて、作品に絵画的な質感を加えています。
アンブリズの写真には、絵画やデッサンで培った技術が色濃く反映されています。こうして、異なるメディアを融合させた彼のアプローチは、芸術表現の新たな可能性を切り拓き、彼の作品に深みと独自性をもたらしているのです。