「制作のスタイルは年月とともに大きく変化しました。いまでは、かつてのように大きな彫刻をつくることはなく、代わりにカメラを使って自分の考えやイメージを表現しています。」
揺るぎない探究心:彫刻から写真へ
アン・リディアット(Anne Lydiat)の創作には、常に変化を受け入れる柔軟さと、既存の枠にとらわれない姿勢が息づいています。「あること」と「ないこと」、その狭間にある繊細な気配に目を向けながら、彼女はさまざまな分野に取り組んできました。美術の基礎を学んだのち、大型の彫刻作品で注目を集め、やがて写真へと表現手法を移していきます。ヘンリー・ムーア・フェローシップに選ばれた最初の女性アーティストとして知られる彼女は、この受賞をきっかけに現代美術の舞台で広く注目されるようになります。また、英国各地の美術大学で教壇に立ち、若いアーティストたちとの対話を重ねながら、自らの視点をさらに広めていきました。
次第に、彼女の関心は「かたちそのもの」から「時の移ろい」「記憶」「空間」といった、目には見えにくいものへと移っていきました。写真という手法は、そうしたテーマに静かに向き合うための欠かせない手段となりました。作品におさめられた光景は、ほんのわずかな時間のきらめきをとらえながら、どこか永遠の気配をまとっています。「静けさ」と「動き」、「現れては消えていくもの」。そうした感覚が、画面のすみずみにまで息づいています。
そして、彼女の写真表現を語るうえで欠かせないのが「旅」の体験です。なかでも、北極や南極といった極地への航海は、作品の大きなテーマのひとつとなっています。果てしなく広がる氷原、言葉を失うような静寂。そうした風景は、「目に見えるもの」と「そこにないもの」のあいだにある緊張感を、映し出しています。極限まで削ぎ落とされた世界と向き合うことで、孤独や時間、そして人の知覚が届かない「未知」の存在に、そっと触れるような作品が生まれているのです。
アン・リディアット:概念を掘り下げる写真
リディアットにとって写真は、記録の手段ではありません。見るという行為そのものを問いかける、思索のための表現方法です。彼女の考え方は、スーザン・ソンタグが語った「写真は言語のように、作品を生み出すための媒体であって、それ自体がアートであるとは限らない」という見解とも通じるものがあります。この姿勢は彼女の制作過程にも反映されており、撮影にとどまらず、仕上げの段階では専門の印刷職人と協働しながら、視覚的にも言葉の上でも、作品が放つ印象を細部まで丁寧に形にしていきます。
彼女が強く惹かれているのは、「不在」や「空白」といったテーマです。その関心は、ロバート・ライマンによる白一色の絵画にも現れており、空っぽの空間が何を語るのかを見つめ続けています。「何も描かれていないキャンバス」というイメージは、彼女の作品の中で、物理的にも象徴的にもたびたび登場します。装飾や要素を最小限に抑えることで、観る者の意識は、目に見えるものだけでなく、その背後にある「見えないもの」へと自然と向かっていくのです。
リディアットの作品に登場する場所は、多くが「境界」にある空間です。地理的なはざまだけでなく、感情や思考のあいまいな領域──どちらとも言い切れない、移ろいやすい状態を含んでいます。たとえば、北極や南極を捉えた写真は、単なる風景の記録ではなく、観る者に広がりや方向感の喪失、そして人間の知覚の儚さを意識させるものとなっています。その構図は、ただ鑑賞するだけでなく、画面の外にある「見えない世界」について思いを巡らせるきっかけを与えてくれるのです。
観察という芸術、探究という力
リディアットの創作を支えているのは、つねに「探検」という姿勢です。彼女が敬意を寄せるアメリカの女性北極探検家。その生き方には、自らも旅と芸術の両方で未知の世界に踏み出そうとするリディアット自身の姿勢が重なっています。極地への航海や、思考の限界を探るような表現の試みなど、そうした挑戦の積み重ねが、彼女の創作をかたちづくっています。リディアットにとって、アートとは完成された結果ではなく、常に発見を重ねていく過程なのです。
移動しながら制作を行う柔軟なスタイルも、作品に大きな影響を与えています。ひとつのアトリエにこもるのではなく、世界そのものを創作の場とし、訪れた土地の光や空気の変化を丁寧に感じ取りながら応えていく。そうした姿勢から生まれる写真には、記録と抽象のあわいにあるような、時間を超えた静けさが漂っています。
また、「待つこと」や「時間に委ねること」も、彼女の作品において欠かせない要素です。たとえば過去に発表された展示『第七の波を待ちながら』では、「期待」や「繰り返し」、そして「時の流れ」といったテーマが静かに語られていました。こうした作品を通してリディアットは、私たちが日常のなかで見過ごしている「静寂」や「儚さ」、あるいは世界をかたちづくる目に見えない力との関係を、あらためて問いかけているのです。
アン・リディアット:未来へのまなざしと夢を追い続けること
これまで、リディアットは多くの創作を実現してきました。それでもなお、新たな表現の場を求めて、次の一歩を模索し続けています。なかでも彼女が強く望んでいるのが、日本での展覧会の実現です。日本に根づく美意識や、かたちと空白のあいだに宿る感性は、彼女自身のミニマルな表現や思索と深く通じ合っています。もしそれが実現すれば、「不在」や「儚さ」、そして「存在と空虚の境界」といったテーマを、さらに深く掘り下げていくための貴重な機会となるでしょう。
彼女の創作には、一貫した定義やかたちというものが存在しません。つねに変化とともにあり、出会いや経験によって作品の姿も自然に変わっていきます。こうした柔軟な姿勢が、彼女の表現を支えてきました。初期の彫刻作品で注目を集めた頃から、現在の写真作品に至るまで、彼女は一貫して「知覚の限界」に向き合い続けています。
リディアットの作品は、答えを提示するものではありません。むしろ、見ることと見えないこと、そのあわいに生まれる対話に私たちを誘います。時間や空間、そして不在の気配を静かにすくい取る彼女の作品は、これからも観る者に深い思索を促しながら、芸術という旅の可能性を押し広げていくことでしょう。