「現像液の中で、徐々に紙の上に像が浮かび上がるあの瞬間の感動を、今でも鮮明に覚えています。その驚きと興奮は、今も私の中で生き続けています。」
レンズが紡ぐ物語:幼い頃の好奇心から成熟した表現へ
スチュアート・キャッシュモア(Stuart Cashmore)は、IT分野での長いキャリアを経て、現在はロンドンを拠点に活動するセミプロの写真家です。退職後、本格的に写真の世界に没頭し、技術者としての経験と芸術への情熱を融合させた独自のスタイルを確立しています。43年間にわたるキャリアでは、主に医療や慈善団体の分野で活動しており、電子工学やITのバックグラウンドが基盤となっています。また、キャリアを通じて訪れたアメリカやヨーロッパの風景、そしてロンドンの建築美から多くのインスピレーションを受けています。
写真への興味は、6歳か7歳の頃、アマチュア写真家だった父親の影響で芽生えました。自宅の簡易暗室でフィルム現像技術を教わり、9歳の誕生日には父親から贈られた初めてのカメラ「コダック・インスタマチック」との出会いが、彼にとって大きな転機となりました。一時期写真から離れていたものの、思春期を迎える頃には再びその魅力に引き込まれ、カメラを通して世界を切り取る楽しさに夢中になります。さらに、学校の教師が写真に興味を持つ生徒たちのために暗室を用意してくれたことで、写真への思いはますます深まりました。
“Blackfriars Bridge 2”
スチュアート・キャッシュモア:公の場で輝きを放つアート
アマチュア写真家としての歩みを始めた当初、キャッシュモアは初めての一眼レフカメラ「Zenit-E」を手に入れ、主に家族の思い出や旅行などを撮影していました。しかし、2003年から、写真を単なる記録としてではなく、芸術表現として追求し、創造的で新しい視点を探求するようになります。この転機を経て、彼の作品は日常と非日常が交錯する独自の世界観を描き出すものへと進化しました。
2012年には妻の勧めで初めてロンドン写真祭に作品を出展。それを機に、数々の展覧会で作品を発表するようになります。中でも、2014年に発表した「Downtown Atlanta, early Sunday morning」は、英国の権威ある「ロイヤル・アカデミー・サマー・エキシビション」に選出され、制作された25点がすべて完売するという快挙を成し遂げました。その後も、ロンドン写真ギャラリー、イーストフィンチリー・アーツ・フェスティバル、ローダーデール・ハウス、ロンドン・アート・ビエンナーレなど、著名な展示会場で作品が公開されています。
さらに、ブリュワリー・アーツ・センターやビアブルフィッシュ・ブルワリーといったユニークな会場での個展も成功を収めました。彼の活動は、個人的な達成感だけでなく、多くの観客の支持を集める公的な評価へと繋がり、ますますその存在感を高めています。
“Vent 2a London – St. Giles”
都市と抽象の融合:幾何学と色彩が紡ぐ物語
スチュアート・キャッシュモアの作品は、日常に潜む美しさを鮮やかに引き出し、観る者に新たな発見をもたらします。街角の何気ない物や建物に映る影、階段や段差といった構造物が、彼の独特な視点を通じて鮮やかで力強い芸術に生まれ変わります。静と動が同時に感じられる不思議な魅力が宿り、幾何学的な構造と鮮やかな色彩が絶妙に融合しています。ピート・モンドリアンの影響が垣間見えるその作品は、線やパターン、色彩といった要素がシンプルながらも力強く表現され、観る者に深い思索を促します。
“Lamp post and tramlines, Berlin”
キャッシュモアの創作の舞台は、特定の場所にとらわれることなく、訪れた都市そのものがインスピレーションの源となっています。ベルリンやアトランタなど、旅先で目にする建築物や街並みが、彼の写真に新たな物語を与えてきました。特に、秋の柔らかな光は彼の作品に欠かせない重要な要素です。また、時にはフレーム内に映り込む人々を避けるためにひたすら待つこともありますが、そうした忍耐が「2016年のアレクサンダープラッツ」のような名作を生み出しています。
“Copenhagen Reflection 5” “Copenhagen Reflection 4″
スチュアート・キャッシュモア:技術と感性が創る写真美学
キャッシュモアの作品は、科学的な知識と芸術的な感性が調和し、独自の表現世界を切り開いています。ピート・モンドリアンやマーク・ロスコ、エドワード・ホッパー、グスタフ・クリムトといった画家に加え、アンドレ・ケルテス、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ソウル・ライターといった写真家たちからも多くの刺激を受けてきました。ただし、それらがそのまま彼のスタイルに反映されているわけではなく、むしろ、彼自身の美意識を磨き、独自の表現を生み出す原動力となっています。特に、モンドリアンの「Composition B (No. II) with Red」やロスコの「Light Red Over Black」に強く惹かれた彼は、それらの抽象性や複雑な構成に刺激を受け、その影響が彼の写真作品にも独自の深みと個性を与えています。
写真という表現手法は、キャッシュモアにとって科学的な精密さと創造的な自由を結びつける理想的な手段です。絵画や陶芸、音楽など多岐にわたる芸術に取り組んできた中で、写真こそが彼の技術と感性のバランスを最も美しく引き出すものでした。この融合によって生み出される作品は、技術と情熱が織り成す力強いビジュアルストーリーを展開しています。
キャッシュモアの作品は国際的にも高く評価されており、2024年にはロンドンのフラックス展やイタリア・ボローニャの「リトル・トレジャーズ」、オンライン展覧会「クリエイティブ・ソウルズ」で広く注目を集めました。さらに、2025年10月にはフィレンツェ・ビエンナーレへの出展が決定しており、彼の活躍の場はさらに広がりを見せています。
“Downtown Atlanta, Early Sunday Morning”